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燃星日和

※紅花ED後
※「闇に蠢くもの」に対する自己解釈、考察による描写が多いです。苦手な方、別解釈・考察が苦手な方などはご注意ください。
※雰囲気で読むもの



 彼の髪色がもとに戻ったあの日、ナマエの中から大きなものが削げ落ちる音がした。
 深い青緑。それはベレトのあるべき色だったのだろう。第一ナマエが彼と出会った頃の彼の髪色は、あの忌々しい鮮緑ではなく今と同じ深い青緑だったのだから。
 故に、それは喜ぶべき事態だ。彼を打ち滅ぼす必要がないと知って、喜ばないはずがない。だけれども、ナマエはそれを素直に喜ぶことが出来なかった。

 五年前。
 ベレトの髪色が鮮緑になったあの日、ナマエはすべてを理解した。理解せざるを得なかった、というのが正しいのだろう。

 ベレトが天帝の剣を手にした時から、ずっと嫌な予感がしていたのだ。
 それは己の同胞がベレトの父親を殺したときにはっきりと判明し、己の同胞がベレトをザラスの闇へと閉じ込めた日に確信と変わる。
 ザラスの闇から帰還したベレトは、その姿を女神の使途のものへと変貌させていた。

 幼き頃から、あの陽の当たらぬ場所で聞かされ続けてきた。耳が痛くなるほどに聞かされたそれは、あまりにも多くの恨み言だ。
 我らは地上から追い出された。女神とその眷属や使途に迫害された。獣の蔓延る地上を取り戻さねばならぬ。
 それは確かにある一面──ナマエたちから見ればそうだったのだろう。少なくとも、地上を支配していたセイロス教の大司教は女神の眷属たる「白きもの」であり、人ではないものに変化するところも見てしまった。

 故にナマエは信じた。己が聞かされてきた恨み言を。女神を殺すべきだと。
 だからこそベレトの髪色が変わったあの日に、ベレトを「女神の手先」だと定めた。だと、言うのに。


「ナマエ?」


 ベレトは笑ってナマエに話しかけている。青緑色の目で。ただの人の目で。
 ナマエにはどうしても、それを受け入れることが出来ない。

 あの日ナマエは、ようやく殺すべき相手を見つけたのだと思った。
 「闇に蠢くもの」などと揶揄され、暗い地下で耐え忍んで生きた。エーデルガルトという大司教に牙を剥く協力者──厳密には違うが──を得て、その配下として黒鷲学級で生きることも飲み込んだ。
 そこまでして、ようやく得た復讐相手がベレトだ。……復讐と称することすら、正しくはないのだろうけれども。

 だというのに、ベレトはどうしようもなく人間だった。
 詳しいことは知らない。エーデルガルトもベレトも、詳しいことを語ってくれることはなかった。それでも、彼の髪色が髪のものから普通に戻った日に、それを嫌でもわかってしまったのだ。

 残酷だ。ナマエにそう思う権利は、恐らくない。こちらが「闇に蠢くもの」だということを先生は知らないだろうし、そもそも知ったところできっとそれは『お門違い』という奴だろう。
 それは十二分に理解している。しているが、それでもやはり、理不尽にもそう思わざるを得なかった。


「ベレト先生」


 こちらを覗き込むベレトの顔を真っ直ぐ見た。
 出会った頃は表情が乏しく、本当に人間なのだろうかと疑ったこともあった。それでも彼は人間だ。正しく言うのならば、「白きもの」がいなくなったがために人間に戻ったのかもしれない。今となっては、ナマエにはわからないことだが。

 ベレトは優しく笑っている。自分の担任をしていた先生として。
 それが無性に苦しかった。ベレトを騙している気分になるのだ。自分の同胞は先生の仇だというのに、それを口にしないことが彼に対しての裏切りを行っていると感じてしまう。

 本来ならばそれでよかったのだろう。自分のことなど知られぬ方がいい。ヒューベルトが自分の同胞を殲滅しに行く算段をつけていることは知っているし、ベレトもそれに乗るだろうということもわかっている。
 だから本当なら。自分のことなど知らぬまま、粛々とことを為してもらった方がいいのだ。自分にとっても、恐らくはベレトにとっても。

 それでも──。


「ベレト先生は、自分が『凶星』って呼ばれてたの、知ってる?」
「……『凶星』?」
「そう」


 それは同胞が口にしていた名だ。恐らくはベレトも知らないはずの。ナマエの予想通りベレトは少し考えこんだ後に首を横に振った。
 そっか、と言葉が零れる。その後の言葉を探してみてもうまく繋げられない。ベレトはそんなナマエの言葉を待ってくれている。先生だな、とそんなところで彼が「先生」であることを実感してしまった。


「『灰色の悪魔』、と呼ばれていた時期があったのは知っているけれど」
「傭兵時代の先生?」
「そう」


 思わず苦笑する。悪魔だったり先生だったり女神の現身だったり忙しい人だ。そのいずれもベレト自身が名乗りたくて名乗ったわけではないのだろうが。
 そして『凶星』という名前も、ベレトが望んだわけではない呼び名だ。その過程で彼が何を感じていたのかナマエには知る由もないが、それだけははっきりとわかっている。
 どうしてそんなことを知っている、と言いたげなベレトの視線にナマエは苦笑いした。本当に、わかりやすくなったものだ。


「……私たちの故郷では、女神ソティスがそう呼ばれていた」
「……!」


 ベレトの表情が変わった。穏やかな教師のものから、戦闘を指揮する指揮官のものに。
 ついでにこちらを警戒することも忘れていない。……が、その警戒も一瞬で解かれた。呆気にとられたナマエは一瞬ぽかん、と表情を変える。口を結び直し、いいの? と問いかけた。


「……もしも自分を害するつもりなら、その機会はいくらでもあった。自分にそのことを告げる必要もない。けど、ナマエはそれを口にした。……なら、不意打ちなんてしないだろ」
「どうかな」


 本当に不意打ちしないとは言い切れなかった。ナマエにそのつもりはないものの、自分に自信が持てない。もしかすると、自分の中の激情がそうすることを望んでしまうかもしれない。
 それでも、ベレトはこちらを信じるような目をしている。お人好しだと常々思っていたが、まさかここまでとは。だからこそエーデルガルトは彼を慕ったのだろうが。


「それで」
「……女神は、私の……いいえ、私たちの敵だった」


 するりと言葉が落ちる。何かを吟味することなく素直に墜ちていく。それはきっと、そうする必要がないからなのだろう。
 ベレトはそれをただ黙って聞いている。こちらの言葉を遮る様子もなく、ナマエのことを咎めることもない。


「陛下……ううん、エーデルガルトとも違うの。むしろ……私達は彼女にとっては加害者。勿論、私が直接行ったことじゃあないけど……」
「……ナマエ、君は……」
「うん」


 ベレトを見やる。その目はある種の確信を孕んでいて、ならばもう隠すこともないだろうとナマエは一つの決心をする。
 笑った。それが自嘲から来るものなのか、それとも恨みから来るものなのか、判断はつかなかったけれど。


「私は『闇に蠢く者』。あなたの親を殺した者の同胞。エーデルガルトを玩弄したものの同胞。私は──凶星を墜とす者……と、そう、信じていた」


 声が震えた。そうして、自分がすでにそうではないのだろうという事実を目の当たりにして息が詰まる。

 かつては本当に、自分が『凶星』を堕とすのだと信じていた。そうすることが故郷の皆にとっての救いになると信じていたのだ。
 それは脆く崩れ去った。ベレトのもとでエーデルガルトと共に学んだ日々が、そのよすがを崩した。


「楽しかった。本当に。……勿論エーデルガルトに貴方が必要だと思ったから殺さなかった、というのもあるのだけれど、でも、それでも私は貴方を屠るべきだった」
「でも、出来なかった?」
「……うん」


 馬鹿だ、と思った。そうするべきだとわかっていたのにそれを行動に起こせなかったのは、きっとそれだけではなかったのだ。
 言葉に詰まる。何か言おうとして口を開くものの、それから先の音が出ない。ベレトは、そんなナマエを黙って見つめている。


「…………」
「……ナマエ?」


 先に痺れを切らしたのはベレトの方だった。
 純粋に、純然に、ナマエを心配するような表情でこちらに近づく。思わずナマエは一歩後ずさった。彼はそれ以上近づいてこない。きっと、ナマエがおびえているとでも思ったのだろう。


「……ナマエ」
「貴方が人間に戻った日、……私は、少し安心した。あなたを殺さなくて済む、って」
「…………」
「でも、同時にわかんなくなった。あなためがみを殺すために生きていたのに、あなたはどうしようもなく人間だった。私は、いったい何を殺そうとしていたのか、って」


 女神を殺さねば、という思いは未だに変わっていない。その呪いじみた、洗脳じみた考えは一生ナマエを縛るのだろう。それに意味があろうとなかろうと、故郷が滅ぼされようとも。その意味の有無など最早どうでもよかった。ナマエにとってはそれだけが心の拠り所だったのだから。
 だが、その女神はもはやここにはない。するべきことを失ってしまったのだ。
 そしてナマエはそれに安堵していた。それが何よりも恐ろしい。

 ナマエの前に影が落ちる。ベレトが目の前に立っていた。
 ベレトの左手がナマエの右手を取る。何を、と声が出るよりも先に、その手がベレトの胸元へと添えられた。
 それから。


「自分は、人間だ。どうしようもなく」
「…………」
「昔は心音がなかったが、今はきちんと動いている。……鎧の上からだと、聞こえにくいかもしれないけど」


 本当だよ、と苦笑いが漏れた。指先に伝わるのは鎧の冷たい堅さだけだというのに。
 それで、と目線で続きを促した。ベレトもそれを受け取ったようで、こくりと小さくうなずいてから。


「自分は、星じゃない」
「…………」
「ナマエが殺したくないと、そう思ってくれるのなら、自分は燃え尽きてでもここまで堕ちる」


 ああ、と息を呑む。この人はどこまで自分の先生なのだろう。
 ベレト先生、と言葉を零す。星ならば答えは返ってこないと知っているから、「ナマエ」と返ってきたそれがなによりも彼を人たらしめる証拠なのだろう。



燃星日和
(生徒に自分を殺させるだなんて、そんな教師失格みたいな真似はしないし、させない)




2020.03.09
Title...ユリ柩