相づちは電子音で
※「闇に蠢く者」(アガルタの民)についての独自解釈に基づく描写があります。苦手な方はご注意ください。
魔道のものではない、人工的な光がヒューベルトの頬を照らしている。元々色素の薄い彼の肌は青い輝きに照らされて少し病的にすら見えた。
何も知らない人がこんな所で彼と出会ったりしたら、怖がりな人は彼を幽霊か何かと勘違いしてしまうんじゃないだろうか。
そんな失礼なことを考えながらヒューベルトを見ていると、彼の視線がこちらを向いた。ただそれは一瞬のことで、直ぐに彼は元の場所へと目を戻す。
「どうかしたの、ヒューベルト」
「いいえ。それよりも、ここの中心部は──」
「もっと奥」
ヒューベルトの言葉の最後を待たずして、私は彼の求める答えを口に出す。彼は私の言葉を疑うこともなく、ただひとこと「そうですか」とだけ返答し歩みを進めた。
フォドラの地下、シャンバラと呼ばれるこの場所はヒューベルトが闇に蠢く者と称する人達が住んでいた場所だ。
アドラステア帝国がフォドラ統一を成し遂げた後、滅ぼされたこの場所に息吹く命はひとつもなく、ただ私とヒューベルトの足音だけが響いている。もしかしたら逃げ出した奴らもいるのかもしれないけれど、私たちにとってはあずかり知らないところだ。
人工的な光。無機質な音。冷たい床。
地上から隔絶されたこの場所にある全てが、きっと彼には異質に見えている。
当然だ。この技術は地下のもので、地上で暮らす人にとっては理解の範疇にないものなのだから。
それでもヒューベルトはそのことを顔に出さない。むしろこの技術を帝国に生かせないかと吟味しているような目をしている。
こういうところが、彼がエーデルガルト陛下の右腕たる理由なのだろう。立場だとか、経歴だとか、そういうものに依らずに彼を彼たらしめる事実なのだ。
一際大きな扉の前に辿り着く。それは固く閉ざされていたけれど、手に持っていた板のようなものを扉のすぐ傍にある溝へと差し込むと、重い音を奏でて扉は開いた。
迷うことなく部屋の中へと足を踏み入れる。かつて起動していたらしい防衛機構は、既に破壊されて沈黙を保っていた。
中にある、地上の人間では理解が及ばないような絡繰の仕掛けに手を伸ばす。
手が触れる直前、私の手首を掴むものがあった。ヒューベルトだ。
ヒューベルトを見上げる。金色の目が私をすっと見下ろしていた。
「……ヒューベルト、これ貴方、動かせないでしょう? だから私が一緒に来たんだけど」
「ええ。その点は感謝しておりますとも。ですがその前に一つお聞かせ願えますかな」
まあ、だよなあ、と私は一つ息を吐き出した。
誰も知らぬ地下。見たこともない絡繰り。それを迷うことなく目的地に進み、惑うことなく手を伸ばすのだから。ヒューベルトが聞きたいことだって私は、わかっていると思う。きっと。
だからこれは疑問ではない。命令だ。聞かせてほしい、のではなくて言え、だ。
「……『どうして迷いなく進めるのか』? それとも『どうしてこれの使い方がわかっているそぶりを見せるのか』?」
「両方……と言ったら」
「まあ、そうよね」
予想通りの答えが返ってきてむしろ安堵した。これで予想以外のことを聞かれたらどうしよう、答えなんかないぞ、とすら思っていたから。
ヒューベルトは私を見ている。私を逃がさないと言いたげに光る金色は、辺りの青い色と混ざって恐ろしくも見えた。
けれど、私は知っている。彼は確かに恐ろしいけれど、決して意味もなく無情ではないのだ。
「……彼らの殲滅中に中の構造や絡繰りの仕組みを頭にすべて叩き込んだって言うのと、私が彼らに作られたゴーレムだって言うの、どっちなら信じてくれる?」
「どちらも冗談としては少々面白みに欠けますな」
「はは、分かるよ」
「ですが、そのどちらかが真実なのでしょう」
「まあ」
曖昧に濁すけれど、そうだ。
どちらかが真実で、どちらかはそれを覆うための言葉だ。けれどきっと、ヒューベルトはどっちが本当なのかわかっているのだろう。
ヒューベルトの手が私の手首から離れる。腕を切り落とされたり即座に処分されたりしていない辺り、この絡繰りを動かせと示唆されているのだと推測できる。
ならばそのお心のままに、というやつだ。口を閉じることはしないけれど、それと同時に手を動かす。絡繰りに触れれば、それが音を立てて明るくなった。
「それで、どちらが本当なのか、って聞かないの」
「どちらかに真実が含まれているのであれば、それで十分です」
「へえ。それは、私がエーデルガルト陛下の道の妨げにならないと判断してくれたから?」
ええ、と呟く彼に私は苦く笑う。本当に歪みない人だ。
その愚直なまでのまっすぐさが私には少し眩しい。
まったくおかしな話だ、と思う。彼のまとう雰囲気も衣服も眩しいだなんていうものには程遠いのに。
ふとヒューベルトが何か言った。絡繰りから視線を逸らして彼に目を向けると視線が交わった。彼に初めて会った時からは想像もできないような、そんな目をしている。
「貴殿とは随分長い付き合いになりますが、貴殿は文句も言わずに我々に尽力した。それが、私が貴殿の言葉を信ずる一番の理由ですとも」
「…………」
「私の首を、エーデルガルト様の首を狙うならば機会はいくらでもあった。ですが貴殿はそうせず、こうして私の及ばぬ力を補っている。私のためにね。……私は貴殿を信頼していますよ。こうして、懐刀として使う程には」
知っているよ。だから私も、その期待に応えるためにこの地下にやってきたのだから。
私の相づちは電子音に掻き消えた。それが目の前の絡繰りから出たものなのか、私の中から出るものなのか。それを知っているのは、私とヒューベルトだけだ。
相づちは電子音で
2020.05.07
Title...ユリ柩