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飼い主宣言

飼い主宣言
※翠風



「あっはっは! こりゃあいい、寝心地最高だな!」
「……クロード、飲みすぎ」


 戦争が終わってまだまだやることはたくさんあるけれど、復興に従事する皆の士気をあげるためという名目のもと宴が行われている。
 それは九割くらい真実なのだろうけれど、残りの一割にはきっとクロードがそうしたかったから、というのもあるはずだ。彼は宴が好きで、事あるごとに宴を開こうとしていた過去があるから。

 宴の言い出しっぺは酔っている。普段はなかなかここまで酔わない人なのに。気分が高揚したのか、今まで見たこともない速度で酒を飲み干す姿を何回か見た。そりゃあ酔いもする。
 彼は酔って笑い上戸になって──それからソファに座る私の膝を枕にし、そのソファに寝転んでいる。今何かに襲撃されたら対応できるのだろうかな、なんて縁起でもないことを考えながら、クロードの手の内にあったお酒を取り上げた。膝の上で零されたらたまらない。
 あ、とクロードが取り上げられた酒を見て零す。手を伸ばしたけれど私はそれを手が届かないように遠ざけた。しばらく手を伸ばして取れるかどうか試していたクロードだったけれども、届くはずもない。結局諦めて、その腕を放り出した。


「ひどいなあ、取り上げちまうなんて」
「そんな体勢で零さない、なんて保証できないでしょ」
「はは、まあその通りだ」


 まったく、と私は小さく息を吐き出す。膝上のクロードはその様子すらどこか楽し気に見つめていた。……別に見るな、とは言わないけれどなんだか居心地が悪い。思わず視線を逸らした。
 宴は続いている。みんな思い思いに楽しい時間を過ごしている……ように思う。
 それは多分、とても幸福なことなのだろう。アドラステア帝国が仕掛けた戦争の五年間は楽しむ余裕なんてなかっただろうし、今だって余裕があるか否かと問われたらそれは否よりだ。それでもこうやって楽しむことが出来るというのは、それは否定のしようがないくらいに──先生とクロードの、おかげなのだから。

 私を見ていたクロードはごろんと寝返りを打った。私を見つめていたその瞳は逸らされ、私の目に映るのは彼の横顔だけになる。緑の瞳がどこかとろんとしているようにも見えた。
 彼は宴の場を見つめている。どこか上機嫌に見えたし、実際そうなのだろう。鼻歌までしているし、これで不機嫌だなんて言われてもね。


「……本当に、相当酔ってるの? それとも演技?」
「そう疑うなよ。これでも結構来てるんだぜ」
「そう……」


 疑っているというよりは、と言いかけてやめた。どれだけ方便を並べても疑ってるということ自体は変わりないし。
 ただ、──ただ。


「……いい夜だなあ、本当に」
「…………」
「なあ、ナマエ。お前もそう思うだろ?」


 ただ、その目がどこか遠いところを見ている気がした。それが酒に浮かされているのか、それとも彼の根幹からなのかの判別はつかない。私を見上げるその顔が赤らんでいるのが、酒で体温が上がったからなのかの判別すらつかない。
 私が難しい顔をしているのを見てクロードは喉でくつくつと笑った。屈託のない、きちんとした笑顔だ。


「もう……何?」
「いや? 幸せってこういうことを言うんだろうかね、と思ってな」
「何それ」


 けらけらと愉快そうに笑う。昔はこういう風に、ちゃんとまっすぐ笑ってくれることもあまりなかったけれど。今のクロードはちゃんとそういう風に笑ってくれるのだ、と思うと少しうれしくなる。
 ああ、笑った。一頻り笑ったクロードはそう言ってまた宴をする皆の方を見る。向こうの方にいるのはラファエルと……その妹のマーヤちゃんだっけか。
 こうして見ると金鹿学級で仲良くなった人たち以外も結構な人数が参加している。ヒルダのお兄さんのホルスト卿までいて思わず苦笑した。大きな宴になっていたんだな、これ。


「……戦争が終わったばかりで皆疲れているのだろうけど、それでもこうやって皆がいられるのは、クロードのおかげね」
「お、なんだなんだ褒めてくれるのか?」
「ええ、勿論よ盟主様」
「…………」


 クロードが黙り込んでしまった。何か不味いことを言ってしまっただろうか、と顔を覗き込む。その表情は不機嫌なわけではなくて、何かを考えているように見えた。
 いったい何を、彼は考えているのだろう。どこか私の知らないところにまで思考を及ぼしているような、そんなことを考えてしまう。
 ふと、クロードの視線がこちらに向いた。酒に浮かされていたはずの瞳は、今やしっかりと光を灯している。


「ナマエ」
「……クロード?」
「お前は、もしも俺がこのフォドラの外に──」
「──いい加減にしたまえクロードッ!!」


 クロードの言葉は轟いたローレンツの声でかき消された。
 あまりにいきなりで、あまりに大きな声だったから私の耳に衝撃が残る。いったい突然なんなのか。声のする方を見ると、声の主たるローレンツがこちらにかつかつと歩み寄ってきていた。
 何かしたの、クロード。そんな思いを込めて彼を見下ろすと、本当に心当たりがないようでポカンとしている。


「いくら何でもだらしがなさすぎる! 宴だからと多少は目を瞑ってきたが限度があるだろう! 君には品格というものがないのかね!?」


 なるほど。つまりローレンツは、今こうやってクロードが公衆の面前でだらしない姿をさらしているのが我慢できなくなった、と。
 確かにローレンツの言い分はもっともだ。これがもっと小規模な……それこそ、私たち金鹿学級生だけの宴ならばともかく、ここには金鹿の同級生以外の人もいるのだから。貴族という立場を大事に思っているローレンツからすれば、クロードの態度は目に余るのだろう。
 でもだからと言って、大声で注意する必要はないのでは。痛む耳に眉を顰めてしまう。ローレンツの目が私に向いた。え、私も?


「君も君だ、ナマエさん! クロードの飼い主ならばきちんと躾けておきたまえ!」
「か……、飼い主?」
「俺が動物なのか、それ」


 ローレンツの口から飛び出した思いもよらない言葉に思わず目を白黒させる。飼い主。私が、クロードの?
 立場的にはクロードの方が上だ。クロードは盟主だし、私はただの民草だし。だから私が飼い主だとか、そういうことは一度たりとも考えたことはなかったけれど。

 いまだ膝の上でごろごろとしているクロードに目を落とす。視線がぱちり、と合った。


「……め、めっですよ、クロード」
「なんだよそれ」
「躾って言われたから……」


 どうやらこういうことではないのか、クロードは微妙な顔をした。難しいな、先生がブレーダッディスにやっていたのを真似したのだけれど。
 ローレンツもそれは……、と言いたげな顔をしている。なんだ、貴方が言ったからやったのに。わざとらしく頬を膨らませると、めんどくさいことになりそうな気配を察したのかローレンツは咳ばらいをして踵を返した。


「兎も角! 君達はあの戦いの功労者なのだから、皆の視線を集めているということを覚えておくように!」
「お前のその大声の方が人の視線を集めると思うんだけどなあ……」
「何か?」
「いんや?」


 本当に、いい仲になったなあこの人たち。外から見る分にはきっと何も変わっていないように見えているのだろうけど、中にいた私や金鹿学級の仲間たちにはそう見えるのだ。

 そそくさとローレンツは去っていく。これ以上私たち……というかクロードに絡むと、ひらりひらりと躱されてしまうことがわかっているからだろう。
 それがなんだか面白くて思わず笑ってしまう。それを見てクロードは虚を突かれたような顔をして、それから大きくため息を吐き出した。まだ彼は私の膝を枕にしている。


「あー……ったく、折角腹括ったのになあ……」
「…………」


 クロードを見下ろす。
 腹を括った、とは。なんてことは聞かない。それはきっと、さっき言おうとしていたことだ。その内容は聞いていないけれど、言葉の片鱗から内容を察することは出来る。
 私、は。


「ねえ」
「ん?」
「私、ついていくよ」


 え、と彼の声が漏れる。
 驚いて体を起こそうとしたクロードを、私はそのまま手で止める。なんとなく、この姿勢を終わらせたくなかった。
 ナマエ、と私を呼ぶ声が少し恐々だったのを私は聞き逃さない。この人は強いけれど、人並みに怖がったりもすると私は知っている。


「ついていくってお前……、どこに……」
「どこまでも」
「それは、」


 言葉の続きを聞く前に頷いた。聞く必要だってなかった。心は決まっている。
 それは多分とても怖いこと。今の生活から抜け出すという宣言に他ならない。それを理解したうえで、私はそれを選びたいのだ。


「クロードとなら、いいよ。……それに」
「それに?」
「犬の散歩には、飼い主がついていかなきゃでしょう?」
「……はは」


 くしゃっと表情を崩して彼は笑う。
 クロードの手が私の頬に触れた。優しい、手だ。もう一度私は彼の顔を覗き込む。


「じゃあ──、行こうぜご主人サマ。二人で、どこまでも」



飼い主宣言
(尻尾振ってるだけの犬ならいいんだけど)(お前には俺がそう見えるって?)(……いいえ、まったく)



2020.03.13
Title...反転コンタクト