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好みじゃないけど好きにならなきゃ

 何ふざけたことを言っているんだ、というのがはじめの印象だ。

 ゴドフロア様が逝去して、レスター諸侯同盟の盟主後継者問題が浮上した。
 貴族の取り決めとかそういう難しいことを完全に理解しているわけではないので、私は私なりにできることをするだけだと深く話を聞かなかった。何がどうなったって、私がリーガン家に仕えることに違いはないのだから。
 そう。違いはない。けれど疑問を持つことは許されてしかるべきだ、とも思う。


「えーと。はじめまして、ナマエ。俺はカ……クロード=フォン=リーガン。まだ公表されてないけど、次期盟主ってことになってる」


 主人になる人として紹介された男は貼り付けたような笑顔を浮かべて私の前に立っていた。
──主人? この男が? 何ふざけたことを。
 困惑と疑問と、それからわずかばかりの屈辱的な感情で体が震えた。けれども、盟主様は戯れでこういったことを言っているのではないと表情が物語っている。
 ゴドフロア様を失って一番苦しんでいらっしゃるのは盟主様だ。その盟主様が決めたお方であれば、それは確かにリーガン家に仕える私の主人足り得るのだろう。
 けれど看過できない。


「えーと……、突然リーガン家の血縁だって出てこられても、従者たるあんたが納得できないのはわかっている。けど、リーガンの小紋章が発現してるから──」
「その訛り、パルミラのものですよね」
「────」


 私の指摘が心臓に刺さったかのように彼の笑顔が強張った。それから顎に手を当てて、表情の削げた顔に今度は苦笑を浮かべる。

 極々僅かな違和感だった。
 やや褐色の肌、緑の瞳。それだけだったらなんとも思わなかったかもしれない。リーガンの小紋章の存在もあるし。
 少し違っただけだ。強調の位置、文節の継ぎ目、思考の間。自然すぎる流れの中に時折混ざるそれらが、彼の異質さを際立てていた。
 多分、普通の人なら流してしまうだろう。パルミラと近いこの同盟国では特に。


「……そんなに訛り出てたか。だいぶ練習してきたんだけどなぁ、こっちの発音」
「努力は認めます、実っていることも」
「ならなんで」
「……パルミラ人が嫌いです。嫌いな人のことほど好きな人のことより理解できるようになる、というのはよくある話でしょう」


 隠したって仕方がない。これから主君になる人相手なら特に。
 彼の隣にいる盟主様は顔色を変えない。当然だ、私のパルミラ人嫌いは盟主様も知っているし。だからこそパルミラ訛りのある彼を私の主君になる人だ、と紹介することの意味が分からないのだけど。
 相反するように彼は困ったように眉を下げた。困っているのはこっちだ、と首元まで出かかった言葉をなんとか飲み込む。


「あー……どうして、とか野暮なことは聞いても?」
「パルミラ人に大切なものを奪われたから、と言う答えは野暮ですか?」
「なるほどよくわかった」


 そりゃ嫌いにもなるよな、と呟きながら盟主様の方を見た。なんでこの人紹介したんだ、と言いたげな目をしている。私も癪だけども全く同じことを思っていた。
 盟主様は答えない。私達でこの仲を解決しろ、と仰せなのか、或いは盟主様も困ってしまっているのか。残念ながら判別はつかないけども、たしかにここで三人悩んでいたって仕方がない。
 私はリーガン家の従者で、盟主様はこのレスター諸侯同盟の盟主で、彼はその跡取り。それは多分どうやったって変わらないのだから、変わるしかないのはそれ以外のところだ。


「……理由を」
「ん?」
「納得できる理由をください。パルミラ訛りのあなたが次期盟主である理由を。それをいただければ、私は以後あなたの従者としてお仕えします」


 正当な要求だと自分のことながら評価する。
 主人になる人のことを『信用』できないのであれば、それは従者とは言えない。逆に言うならばいくら嫌いでも、好きでなくても、信用があれば私は従者になれる。
 何も明かしていない彼には付き合えない。そういう心持ちでいるのは私も、多分彼も嫌だろうし。


「……分かった、分かったよ。そりゃあんたの言うことはもっともだ。信用できない主を置くというのも心労だろう」


 まいった、と降参を示すように両手を上げて言う。その両目の奥は未だ油断ならない光を灯していた。
 ……食えない男だ。


「本名カリード。あんたの言う通り、確かについこの間までパルミラで生きてた。けどリーガンの小紋章があるのも本当だ。パルミラ人とリーガン家の間に生まれた子、ってやつでね」
「……リーガン家の、というのは」
「ティアナ。知ってるだろ、リーガン家の従者なら」


 当然その名前は知っている。盟主様の娘、ゴドフロア様のお姉様。
 ティアナ様。盟主の座を弟に明け渡し、この大陸から行方を眩ませた方。確かパルミラの──。


「……そういうことなんです?」
「そういうこと。まぁ何にせよ、俺がリーガン家の血を引くことには変わりはない。嫡子としての血筋はこの紋章が保証してくれている。って感じで、俺が次期盟主として扱われる理由は納得してくれるか?」


 こちらを窺う瞳で彼は言う。あまり飲み込みたくないことではあるが、そういう理由なら確かに血筋も出自も納得できる話だ。
 それでもなぜ、は思い浮かんだ。そこまで聞いてしまうのは筋違いだが気にはなる。かと言って聞くのも癪だ。
 悩んで視線を落とせば、それが顔に出ていたのか彼は小さく息を吐き出した。


「その先のことは互いに『信頼』できる間柄になったら話すよ。一蓮托生、だっけか? そういうのを良しとしてくれるんならさ」


 瞳の奥にぎらつく品定めの意を受け取って私は一歩下がる。
 私が彼を信頼できないように、彼も私を信頼できないのだろう。当然だ、信用ならともかく一方通行の信頼など互いに重いだけなのだから。
 これは彼なりの最大の譲歩で取引。あちらは条件を提示したのだから、あとは私がそれを飲み込むか否か。私が使える駒になったら全てを明かす、だから今ここでそうなるかどうかを決めろと言われている。
 私はリーガン家の従者だ。リーガン家の為になることをするのが私の仕事だ。返答は決まっている。
 彼のことを好ましく思わなくても好きにならなくてはいけない、と心の中で唱えた。彼はリーガン家の嫡子なのだから。


「……分かりました。誠心誠意尽くさせていただきます、クロード様」





「なんて話をしていたのは……七年前だっけか? 時間が経つのは早いよなぁ、ナマエ」
「そうですね、その早い時間の中で良く発音矯正されましたね」
「上手くなったろ?」


 あれから六年と少し、変わらず私達は主従関係のまま、少なくとも裏切ったり裏切られたりすることなくこの日までを生きている。
 信頼されているかはわからない。私からは……していない、わけではないと思う。
 一年の発音矯正期間(と勝手に定めていた)、一年の士官学校、それから五年に渡る戦争。流石にこれだけ色々あったら、そういうものも培われてしまうのだ。


「……本気ですか」
「本気だとも。パルミラ人嫌いのお前には酷かもしれないが」


 前を行くクロード様の背中を見ながら私は眉間を抑えた。
 私達同盟軍は窮地に立たされている。それはわかる。でもだからといって、今クロード様がやろうとしていることはこのフォドラにとっては大きな問題になりかねないことだ。


「……ナルデールのこともなにも同盟軍には通達していないのに、まったく……」
「先に言って混乱を招いても不味いだろ、切り札は隠しておくから切り札なんだ」
「国際問題になっても知りませんよ。争いになったら私はリーガン家に与しますけど、パルミラの味方はしませんからね」
「俺の仲間でいてくれるんだろう? それで十分だ」

 
 私がリーガン家の従者であることをやめないと分かっているからそんなことを言う。主君に向ける感情としては間違っている気がしないでもないが相変わらず食えない男だ。
 ローレンツ様や……特にジュディット様から強く怒られる気がするが、もうそれに関しては庇ってやらないでおこう。私の進言でどうにかできる範疇じゃない、これ。


「あれから結構な時間が経ったわけだが、まだパルミラ人は嫌いか?」
「……そうですね。奪われたという過去は消えませんので」


 クロード様の足が止まる。
 半分の血を、故郷を、嫌いだと言われていい気分はしないだろう。それでも私はその気持ちを変えられないし、クロード様もそれを承知で私をこの場に連れている。
 端から見たら結構歪だと推測することは簡単だけど、それを正すだけの関係でもないのだ。


「俺のことは? 流石に信頼してくれたか?」
「……好みではないですけど好きにならなくちゃなぁとは思っています」
「え、まだそんな段階なのか」
「冗談です。信頼はしていますよ、多少は」


 多少って、とあの頃からはいくらか成熟した顔で苦笑いが浮かぶ。あの時のように貼り付けたものではなくて、心から浮かべているような笑顔だった。
 ……信頼されているかどうかはともかく、そうやって本心に近いところを晒してもらえるようになったという点では私達もきちんと進んだのかもしれない。


「まったく、うちの従者は相変わらずのようで」
「お互い様です。まだ野望を明かすつもりは無いのでしょう」
「うん? あー……そうだなぁ、」


 くつくつと喉で笑う音がした。何がおかしいのか、と顔を上げる。
 にやりと人の悪い笑顔を浮かべたクロード様と目があった。


「一蓮托生、って言っただろ? それこそ俺と同じ墓に入る覚悟を決めたら、な」
「……、絶対に無理じゃないですか」
「どうだか。割とすぐだと思うぜ? 俺は」


 この人のお遊びも度が過ぎる、と足を進めてクロード様の前を行く。……きっと顔は、見られていない、はずだ。
 好きにならなきゃ、と心の中で唱えている。唱えるまでもないななんて、何よりも私が思いたくない。顔が熱いのだって気のせいだ、と自分に言い聞かせた。



好みじゃないけど好きにならなきゃ
(とっくに好きになってるとか、絶対うそ、よ)



2023.02.26
Title...ユリ柩