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見えざる思慕

 ユーリスが好き、だ。

 私達アビスの星。地上の法が及ばないこの場所で私達が生きていられたのは偏に彼を筆頭とした灰狼の学級ヴォルフクラッセのお陰だ。
 とはいえ、はみ出しものの私達と同じように彼らもはみ出しもので、詳しいことは分からずとも言動や出自になんらかの特異性を抱えていたりする。
 ユーリスもその例に漏れず、行動の方はお世辞にも品行方正とは言えない。顔は凄まじく良くてなんならそこらの女性よりも綺麗な顔をしているのだけれど、それを差し引いてもやっていることは良くないこと。
 と言ってもそれは生きていくために必要な事だったり、なんらかの理由がある。私達アビスの民はそういうことも知っているし、私達にも多かれ少なかれそういった面があるために彼のやっていることを咎めたりはしない。
 ……それにしても悪どいことをやっているのは否定できないので、彼を好きだなんて言ったところで「やめとけあんな顔しか良くないやつ」なんて言われるのが当然なんだけど。

 でもそんなこと言われたって諦められないのが恋というやつだ。
 結局伝えることは出来てないけれど、ユーリスが好きだという思いは枯れることもなくずっと抱えたまま。
 そりゃあどんなことだって気に停めない悪逆非道の傍若無人なら嫌いになることだってあったかもしれないけれど、ユーリスはそうじゃない。悪どい事をやっているけれど、性格だって清廉潔白って訳では無いけれど。


「帰ったぜー」
「!」


 思案の海を漂っているとユーリスの声がして意識が戻る。部屋から顔を出して声がした方を覗くとそちらには予想通りユーリスがいた。彼の手元には紙袋がある。
 私と同じように顔を出したアビスの民、ユーリスの私兵団である狼の牙≠フ一人がユーリスの元へ歩みよる。私もそれに倣うように後ろを着いて行った。


「お帰りお頭、どこ行ってたんです?」
「ただの買い出しだ、ったく……」
「買い出し……」


 ユーリスが抱えた紙袋を覗き込むとその中には瑞々しい果物が入っている。ノアの実、モモスグリ、アルビネベリー。その他にも沢山の果物が詰まっていた。
 こんなに新鮮なものはさすがに地下都市であるアビスでは手に入らない。……わざわざ地上に買い出しに行っていたのか、と思って小さく息を吐いた。


「この果物は……」
「あっ、勝手に食うんじゃねえぞ」
「食べませんけどぉ」


 さすがにそんなに非常識なことはしない。ねー、と狼の牙に向かって同意を求めるように言えば狼の牙も当たり前じゃないですか! と強めに反論していた。そーだそーだ、もっと言ってやれ。確かにちょっと美味しそうだなとは思ったけど。
 そんな彼を一瞥しながらユーリスは身なりを整えた。紙袋を再び手にしっかり持つとまた踵を返して一瞬視線をよこす。


「……じゃ、顔出してくる」
「へい、いってらっしゃい」


 少しだけ寂しそうな顔をしてユーリスはその場を後にした。忙しない人だな、と思うと苦笑いが浮かぶ。
 それはそれとして、だ。ユーリスが行くのなら私だってここにいても仕方ない。ユーリスに許可を貰った訳では無いけれど、私もふわふわとした足取りでそれについていった。





 アビスの片隅に目的の場所はある。
 人のいない、アビスの中でも一際静謐な場所。なんてことの無い場所であったはずなのになんとなく背筋が伸びるのは、ここが人の信仰で出来た場所だからだろう。
 ユーリスは目的のもの──石碑へと迷わず向かう。質素としか言いようのない石碑だけれど、大事にされているのは一目瞭然だ。私はその石碑に黙って腰かけた。
 石碑の元に置かれた帳面を手に取って開く。そこに綴られているのは幾人もの名前で──彼の手は、私の名前が書かれた面で止まった。
 開いた帳面を流れるように石碑の元へと置き直す。紙袋から果物を取り出して石碑に供える。ふう、と息をついて、ユーリスは小さく口を開いた。


「……来たぜ、ナマエ。遅くなってすまねえ」
「……大丈夫だよ、ユーリスが忙しいのは知ってる」


 ──私の声は届かない。


「詫びと言っちゃなんだが、果物買ってきたんだ。ノアの実、モモスグリ、アルビネベリー……お前、好きだったよな」
「うん、大好き。覚えててくれたんだね」


 ──届かない。届くはずがない。


「あ、しまった。花でも買ってくりゃ良かったか? ……いや、お前は花より果物か」
「ちょっと、なによそれ、お花だって好きなんですけど」


 ──届いてはいけない。


「……お前がいなくなって一年だ。早いよな」
「……そうだねえ」


 死人に口は無いのだから。

 ユーリスが石碑を、墓石を撫でる。そこに人のぬくもりなどありはしないのに、その手があまりにも優しいものだから少し胸が苦しい。苦しむ胸もないはずなのにな、と自分自身を嘲る。
 墓石についていた汚れを見つけたらしいユーリスが袖でそれを拭った。やめときなよ、と伝えることすら出来ない虚しさが宙を踊る。


「お前に懐いてたチビ、医者目指すっつってたろ? 諦めてなくてさ、この前文字読めるようになったって俺に報告しにきたんだぜ」
「凄いよねえ。ここじゃ満足に勉強も出来ないのに」
「それから腰痛めてた婆さん、今じゃすっかり元気になっててよ。地上に買い出しに行くっつって聞かなかったんだよな。流石に全力で止めたけど」
「アビスで動けなくなるならともかく地上で動けなくなっちゃったら助けにいけないもんね」


 ユーリスは沢山の近況を墓石に──そこで眠っているはずの私に語り掛ける。ひとつひとつ、丁寧に、余すところないように。眠る私と思い出を共有しようと、周りであったこと、見た事を紡いでくれる。
 彼は悪どいことをやっている人だ。それは誰もが知る事実で本人も認めていることだろう。けれどユーリス自身が悪どい人であるというわけではなくて、悪ぶってるように振る舞う彼の根っこの部分はこの通りだ。周りに目を向けて気を使ってくれる優しい人。


「……そういうところに惚れたんだよなあ」
「……ナマエ」


 結局その想いを伝えることは叶わなかったけれど、死んでからも彼に気にかけてもらえる私はきっと幸せものなのだろう。
 彼が私に語る優しい視線を受け止めながら眠るように目を閉じた。



見えざる思慕




Title...ユリ柩
2023.01.12