×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

一応、いやいやをする

 私の好きな人はたぶん、女の敵というやつです。

 誰彼構わず声をかける本気ではない──その場限りでは本気、かもしれない──恋愛ごっこ。それを本気にしちゃった女の子は彼に恋して、振られて、恨む。
 感情として理解できないわけではないけれど、納得はできません。シルヴァンくんの女癖の悪さは学校の中でも有名で、そうと知って好きになってしまって、勝手に恨む、というのがとても理不尽に思えてしまうのです。
 いえもちろん、シルヴァンくんがやっていることが良くないことで、恨みを買いやすいことだっていうのはわかっています。
 でも、事前情報がある今の状態から私だけは特別、私だけは彼の本気になれる、なんて思っちゃうのは甚だ傲慢ではないでしょうか。

 なぁんて、そんなことを考えたって仕方ないんですけど。もし仮に何か理由があったとしても、女癖の悪いシルヴァンくんが悪いことしてるのには変わりはありませんし。
 責任の大きさの話です。傷つきたくないなら自衛することも大事だ、というだけの、とても簡単なお話です。
 普段は被害者にも責任がある、なんてことは言いません。でもこのことに関しては──シルヴァンくんが悪いのは当然として──必要以上に傷ついてしまう理由は女の子にもある、と思います。


「やぁナマエ。難しい顔をしてどうしたんだい、悩みごとなら話聞くぜ?」
「シルヴァンくんの事考えてましたよ」
「お、本当か? これは脈ありって考えていいやつ?」
「悪い方向性のことを考えていた、という情報を加味して考えていただければ?」
「ははは、だよなー……」


 教室でなんとなく教本を開いていた私に声をかけて来たのは噂をすれば影が射すという言葉を体現したかのようにシルヴァンくんでした。
 嘘はついていません。脈がない、とも言っていないのにシルヴァンくんはいっそ大袈裟と言っていいくらいに悲しむような素振りを見せました。
 ええ、素振り。ただの素振りであって、あれはきっと本当に落ち込んではいません。前もってそういう仕草をすることによって何かを拒んでいる、ような。
 それでも私は思わず私は吐息をつきます。まったく、何が楽しくて想い人のこんな姿を見なければならないのか。いえ、私が勝手に好きになっただけなので、こんな感情はお門違いだって分かっていますし大丈夫ですけども。


「それで? 俺について考えていたって、一体何を?」
「……シルヴァンくんの女癖の悪さについて……?」
「本当に悪い方向性のことだなぁ……」


 作ったような苦笑いを浮かべてシルヴァンくんは言います。そのまま自然な動きで私の隣に座りました。うーん、そういうとこ。
 やっぱり本気にさせるような言動をするシルヴァンくんは女の子の敵だなぁとは思います。そういうわけで惚れちゃった私もいますし。でも彼が私なんかに本気になるとは思っていないので、シルヴァンくんからやや距離を取るように教本を退けました。


「そんなに嫌いかい? 俺のこと」
「いえ。嫌いな人のこと理由なく考えたりします?」
「……確かに」


 何かしら思い当たることがあるようで、少しの間の後肯定を返されました。その横顔は普段の軽薄そうな表情ではなくて、真っ直ぐと何かを考えているような顔でした。
 そういう顔かっこいいなぁ、なんて思いますけど、多分あんまり人には見せたくない顔なんだろうなぁとも思います。それを証明するかのようにすぐにシルヴァンくんはいつもの表情に戻りました。そんなぁ。


「それにしても俺への当たりが強いように思えるんだが……」
「わざとです」
「わざとかよ!」
「ちゃんと理由はありますけど、シルヴァンくんにそれがあるわけではなくて私が勝手にそうしているだけなので」


 自衛のためです、なんて言えるはずもなくてお気になさらずとしか付け加えられませんでした。
 だって傷つきたくないんですもの。下手に普通に恋する乙女をしちゃって、それで傷ついたりなんかしたら私もシルヴァンくんも疲れてしまうだけです。そんなこと私は望んでなんか、ない。
 なんて自分勝手、と自分でも思います。シルヴァンくんが女の子の敵なら、私はシルヴァンくんの敵なのかもしれません。
 不毛だなあ、無意味だなあ。理解はしていても、やっぱり自分を曝け出せるほど強くなれるわけではないです。


「どうしたらもう少し仲良くしてくれるんだ?」
「シルヴァンくんが私にもう少し本気になってくれたらですかねー」


 シルヴァンくんがいつもするように、私もあくまで軽く、重さを感じさせないように、互いの負担にならないように言葉を口にします。
 ふ、とシルヴァンくんの目元に影が差した気がしました。


「……俺はいつだって本気だよ、ナマエにはな」


 その言葉の真意を私は読み取れなくて、ただそうですか、と呟くしかできません。
 シルヴァンくんの瞳は何処か己に嫌悪を向けるように、静かに暗く灯っていました。



一応、いやいやをする
(自業自得、なんて言葉がぴったりだ)



2023.02.17
Title...ユリ柩