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ユリ柩

「……先生? こんなところで何を」


 修道院は荒れ果て、信者も遠くへ散り散りになってしまった。今、そんなガルグ=マクは私たちの軍が拠点として使っている。
 5年前に私たちが学校として使っていたここは、拠点として都合がよかった。個人の部屋が寮にあり、皆が集う場所もあり、食事のための食堂もあれば、会議をするための部屋もある。
 私たちが行っていること──すなわち戦争には、悠長にしている時間があるわけではない。けれど、個々人の時間を取ることも、人と関わることが出来る時間を取ることが出来るということは、心の余裕を作るという面ではとても大事なことだった。

 そんな個人の時間の中で、私は温室に行くことを好んでいる。
 ここを拠点にした当初は誰も掃除をしていなかったから雑草も生え放題で目も当てられないような状況だったけれど、私たちがここを拠点としてからは管理人が戻り、見事な花々を咲かせることが出来ている。私は、その花を見るのが好きだった。
 だからここをよく利用していた。多分、使用頻度だけを考えると、管理人以外に一番利用しているのは私だと驕ってもいいだろう。

 そんな温室にいたのは、私にとっては珍しい人だった。
 私たちの軍の長で、私たちの先生。この5年行方が分からなかったけれど、ついこの間に姿を表して私たちの先頭に立ってくれることになった人。

 先生は普段忙しい。当然だ。毎日遅くまで次の作戦を考え軍議にかけ、それが終わったらこの修道院の見回りをして、誰かと訓練をして……。
 だからそんな先生が温室に来るとは思っていなかった、というのが本音だ。だから思わず声をかけてしまった。先生はというと、声に反応して私の方を見て、少しだけ小首を傾げている。


「毎週、来ているつもりだったのだけれど。休みの日に。……ああ、でも確かに、ナマエとはすれ違ってはいなかったか。自分の滞在時間は短いから」
「……そうだったんだ」


 驚いた。まさか毎週利用していたとは。それでも滞在時間が短い辺り、なんとなく先生らしいな、とは思ってしまったけれど。
 いったい何をしているのだろう。まさか短い滞在時間で花を観賞しているのだろうか。そんな疑問が頭をかすめたけれど、先生の手元を見てなんとなく納得した。


「先生、その花は……皆にいつもプレゼントしているものですか?」
「ん? ああ。皆の生活の彩りになればいい、と思ってな。ここの一角で育てさせてもらっている」


 なるほど、と私は頷いた。やっぱり私の予想は的中していたらしい。手元で揺れるたくさんの花や野菜を見て思わず笑みがこぼれてしまった。
 先生はよく私たちに花をくれる。その出所が謎で、ずっと買っているのだろうと思っていたけれど、真実はこういうことだった。忙しい人なのだから、そんな無理をすることはないのに……と思ったけれど、先生の好意を無碍にしたくはなかったのでその言葉は飲み込む。
 私の様子を不思議に思ったのか、先生は少し表情を変えて不思議そうにした。と言っても表情の変化は微々たるものだから、私たち生徒以外にはあんまり変化が無いように見えるかもしれない。


「どうかしたか、ナマエ?」
「いいえ。先生はいつも、私たちを想ってくれているな、と」
「……?」


 私の言葉にさらに先生は首を傾げてしまった。そんな難しく考えることでもないのだけれど、と苦笑が漏れる。
 変なところ真面目なんだから。……そんな先生だから、みんな先生についていくのだけれど。祖国を裏切ってでも先生についてきてくれる人がいるくらいには、先生は皆に慕われている。
 いつもの戦争状態からは考えられない、とても穏やかな時間。先生の表情もとても柔らかで、この人が灰色の悪魔と呼ばれていたとはとても思えない。
 そんな先生からぐう、という異音が聞こえた。何の音だ、と一瞬身構えてしまったけれど、先生はからっとして答えを示した。


「あ……そろそろ昼ご飯の時間か」
「今の、お腹の音だったの……。先生はご飯まだなの? 食べてきたらどう?」
「ああ、そうするよ。ナマエは?」
「私はもう食べてきちゃった」
「そう」


 こんなことなら食べてから来なければよかった、と考えてしまう。ご飯をひとりで食べることは好きだけれど、先生とのご飯も好きだから。ゆっくり先生と話せるのがご飯時、っていうのも勿論あるけれど。
 では、と先生に会釈をする。先生もじゃあと言葉を紡いでからあ、と小さな言葉を零した。思わず出た、という感じの言葉に今度は私が首を傾げることになる。


「どうかした、先生」
「はい。あげる」


 そう言いながら先生が差し出したのは、一輪の赤いユリだった。ここで摘んだものだろう。丁寧に扱われていたのがわかる、とても綺麗なユリ。
 いいんですか、と聞くと先生は「ナマエなら大事にしてくれるだろ」と微笑んでくれた。その根拠どこにあるのかなあ、と一瞬思ったのだけれど、先生は生徒のことならお見通しなのかもしれない。
 先生の手からユリを受け取った。


「ありがとう、先生。……そういえば」
「?」
「ユリって、密室の中で一面に敷き詰めて眠ると死んでしまう、って言われてるの」
「……え、」


 ふと思い出したことを口にすると先生は申し訳なさそうに私の手からユリを取り戻そうとする。本当に真面目な人。
 まあそうするだろうな、と思っていたから私も手を引いてユリを先生から隠した。


「……すまない、そうとは知らずに……」
「いいの。それにあれ、結局本当じゃないとは思うし……。願望みたいなものじゃないかな、そういうのって」
「願望?」


 そう、と言いながら引いた手をもとの位置に戻す。渡してくれた赤いユリはやはり綺麗にそこに鎮座している。
 こんな綺麗なユリに囲まれて死ねるのならば、きっとその選択をする人は少なからずいるのだろう。だけれどそんな話が聞こえてこないのは、それが偽りだということの証左だ。


「綺麗に死にたい、って願望。こんな戦時中だから思う人は一定数いると思う」
「……それは……」
「私も、死んだあとはユリの柩で眠りたいかなあ。せめて終わりは綺麗に」


 だからと言って簡単に死ぬつもりはないのだ。
 だって戦っているのは私だけではなくて、先生も戦っていて、皆も戦っている。だからこんなところで一人脱落なんてするつもりは毛頭ない。ないから、こんな話は不毛なのだけれど。


「死なせない」
「……先生?」
「ナマエは、死なせない」


 真っ直ぐな瞳で改めて宣言された。
 再三言うけれど、本当に真面目な人だ。この手の冗談は先生に言っちゃあいけないのだろうな。言うつもりはないけれど。
 手元のユリを見て息を吐き出す。このユリは、この人にこそ似合いそう。今度は私から先生に花を贈るべきだろうか。ユリ以外で。


「ユリの柩が用意できるまでは死なないよ。きっと」
「なら、ずっとその用意を邪魔しないといけないな」
「ずっと? ならきっと長生きしちゃうな……」


 私の先生は、暖かな人だ。



ユリ柩
(ユリに埋もれて眠るなら、貴方に看取られながらがいい)(そんな願望はまだ秘めておきましょう)




Title...ユリ柩
2020.01.15 執筆