誰かの星がまた瞬いた [ 2/2 ]



―もう一本。



出向いた体育館の外に漏れ出した声。
「おい!」怒気を孕む咎めの声。
「主将の指示を聞かないなんて問題だねぇ」大人の声。



そっと入口から中の様子を除いた愛玖は目を見開いた。
息を呑むような緊張感を張り巡らせる背中が纏うジャージは自分と同学年の色のもので、それに対峙する相手も同様だ。
ピッと指先から綺麗に離れたバレーボールが彼の少し前、上へと山なりを描き、そして、シューズが床と擦れる音。


『ジャンプサーブ…』


同級生だとは思えないサーブを目の当たりにして驚きと同時に少しの憧れ、それから嬉々とした感情が愛玖の心を掻き乱す。
だがそれも束の間。
反応も速く、正面でボールを捕らえようとした相手を見るが、嫌な予感が頭を過ぎって。
気付けば愛玖は体育館の中へと足を踏み出していた。


「ほぐっ」


情けない声と共に聞こえた、ドガガッと不穏な衝突音。
そうして、彼の顔面へとぶつかり軌道を変えたそのボールは、くどくどと説教のような羅列を紡ぐスーツ姿の男性へとスピードを落とさずに向かう、向かう。
間に合わないかもしれない。
それでも足を止めず自分の最大限のスピードで駆ける。


ボッ。


鈍い音が体育館に響く。
目を瞑り現実から目を逸らしたくなるような出来事にその場に居合わせた人物達は体を強ばらせた。
あぁ、きっとこの人からお咎めを貰ってしまう。
嫌な予感を直視しないわけにもいかずに、各々が目を開けた先。
そこには、


『…間に合った』


着地直後の気の抜けた声。何て情けなくて勇ましい声なんだろう。
同じジャージを着用した日向翔陽と影山飛雄は冷や汗を流し、驚いた様子で眺める。
あれは、入学式で代表挨拶をしていたような…?うっすらとした記憶が脳裏に浮かぶ。ウトウトとしていたその時のことをはっきりと思い出すには難易度が高いようだ。


『大丈夫ですか、教頭先生』
「…まぁ、大丈夫だけどねぇ、問題だねぇ」
『今回は大目に見てあげてくれませんか?彼らもきっと反省してると思うんです』
「梵さんが言うなら、今回くらいは」
『有難うございます』
「助けて貰った手前だし君は優秀だからね。但し今回だけだよ」


目の前の女が体育館を後にする背中に深々と頭を下げる。
校舎の方へと姿を消したのを確認したのに、はあぁ、と深く深く溜息をついた。
恐らく安堵だろう。今見てしまった以前気付いていたカツラが僅かに揺れたのを心の隅へ追いやり平常心を取り戻す。


『ちょっとそこの一年、まじ気をつけろよ!もし教頭に当たってたらどうするつもりだったんだ!?』
「「す、すんません…」」


ぐわっと二人に詰め寄った彼女は緊張が解けどっと汗を流していた。
どことなく見覚えのある風貌に戸惑った。


「…愛玖!?」


目の前の少女を見据え驚いた表情を浮かべたのは黒いジャージを上下セットで着ているうちの一人だ。
透き通るような髪色に、少し凛々しい眉。あまり大きすぎない体格。


『え、孝支さん!?』
「やっぱり愛玖か、驚いたな…大きくなったなァ」
『背と態度だけは大きくなりました…』
「自分で言うのか」


上級生と楽しそうに会話する様を見、周りはぽかんとしている。
それもそうだろう。入学したての一年生が、最上級生と和気藹々としているのだから。
―面識があるなんて、知らないとすればの話だが。


「…スガさん、知り合いっスか?」
「あれ、田中も大地も去年会わなかったっけ?ほら、日向たちの試合でさ…」
「そうか、あの時の!」
『大地さん覚えていてくれたんですね!』


上級生の会話について行けない日向と影山はお互いを暫く睨み合った後に言葉を切り出したのは影山だ。
へたくそ。フザけんな。クソが。
罵倒の数々に戸惑いを隠しきれていない日向。
そんな二人になぁ、と声を掛けたのは澤村で、一気にその場の空気が凍ったのを察知したのは言わずもがな。
少し、聞いてほしいんだけどさ、そう静かに告げた彼の表情は会話を繋げると共に、徐々に鬼のような形相へと変化する。
こうなってしまえば誰一人止めることなんて出来るはずはない。
べっと入部届けを顔に押し付けられた一年は体育館の外へとつまみ出された。


「互いがチームメイトだって自覚するまで部活には一切参加させない」


その一言と一緒に。
一瞬の間を置いて外からは騒々しく中へと抗議する声が散漫する。
愛玖はそれを背中にして、呆れた様子で頭を抱えていた。


「いいのかよ大地、貴重な部員だろ?ていうか、“チーム”とかって徐々になってくモンだろォ」
「わかってる!が!!」


そして再び外からの抗議。
あんな状態で練習になるか、との澤村の台詞を聞き強く頷き続ける愛玖は言葉を発さずとも尤もだと告げているように見える。
二度目のお咎めを受けやっと静かになった外への安堵を溜息に表す。
その姿を見た菅原はごめんなと愛玖へと投げかける。


『孝支さんは悪くないですよ。…あの二人がガキすぎるだけですって』
「相変わらず厳しいな」
『そう?それよりも孝支さんが烏野だったのに驚きが隠せないっす』
「言ってなかったっけ?」
『多分聞いてないかな』
「ごめんごめん、でも俺も同じくらい驚いたと思うよ」
『私も言ってなかったからお互い様だ』
「そうだな。また愛玖と同じ学校に通えるの嬉しいよ」


会話を聞いていた田中がきょとんと首を傾げる。


「そういえば、誰なんですか?」
「そういえば田中は会ってなかったのか、大地は会ってるよな?」
「あぁ」
『初めまして、梵愛玖です。孝支さんとは小中学って同じ所に通ってました』
「スガさんの後輩か…俺は田中龍之介、二年だ」
『宜しくお願いします、龍先輩』


“先輩”その一言が田中の野心をぐっと掴んだのは言うまでもない。
声も出ないまま感動しているように見える。
おい練習始めるぞ、と澤村の一言に部員が反応する。
バスケ部の練習に軽く参加させて貰いたくて着替えたジャージも、部活が休みなのでは意味を成さない。
着替えて帰ろう、と足を入口へと向けたとき。


「折角だから終わりまで見ててよ、送ってくし」
『え。でも』
「いいから!動きたいなら少し参加すればいいし。いいだろ?大地」
「構わんが大丈夫なのか?女の子だぞ」
「大丈夫だよ、愛玖は運動に関しても抜群だもんな!」
『…じゃあお言葉に甘えて』
「うん」


嬉しそうに笑った愛玖はコートへと軽く駆け出した。
その姿に外から羨望の眼差しを向けられていたのに気付いたのは、その場には誰も居なかった。






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