「…あ、」


傘、忘れた。

うわ、え、まじか、え。
今日予報、晴れ、あれ?

遡れば急な委員会で残ってた、正しく言えば残らされていたのだけれど、雨が降るなんて聞いていない。
毎朝通知でその日の気温や降水確率を知らせてくるカレンダーアプリでは、所詮予報だとでも言うのだろうか。


「これが今流行りのゲリラ豪雨ってやつなのか…成る程」
「名前!まだ残っていたのか、どうしたのだ?」


後方から聞こえるこの声、この口調、一人しかいないだろう。
…嫌な予感が当たるとするなら、もう一人いる筈なのだが。


「桜ちゃん、…大神」
「凄い雨だな。…傘持っていないのか?」
「予報じゃ雨ってなってなかったから…」
「今時の人は折りたたみ傘という物を持ち歩いているのを知らないのですか?苗字さん」


知らないわけないだろ潰すぞ大神零。
下っ端のくせして憎たらしい口ばかり叩いてくるのは故意だろうか。
君は06だよ、私は00だよ、もっと敬えよ。
私よりも背が高いからというのを利用して見下すような視線送ってくるのも腹が立つ。

本当下衆。

はやくボコボコにしてやりたい。
最近は平家の目が厳しすぎて手出し出来ないけど。


「貴方はゴミ袋でもかぶって帰宅すればいいのではないでしょうか?行きますよ桜小路さん」
「ま、待つのだ大神!…すまない、名前。生憎一つしか傘が無くてだな」
「気にしないで、桜ちゃん」


申し訳なさそうに去って行った。
彼女はあんなにも優しく育っていて、その隣にいるのに何の影響も受けないのだろうか、あの男は。

それは私も同じか

一人自嘲を落とすのも何度目だろう。
もう、慣れてしまったけど。

嗚呼、此処でうだうだしてても仕方ないな、走って帰るか。
そうするしかないな。


「いつまで其処にいるつもりだ」


聞き慣れた平坦な声色とその影に思わず顔を上げればやっぱり見慣れた人物が立っていて、それは別に可笑しな光景ではないはずだ。
ただ、ここはただの高校だけれど。


「雪比奈、何でいるの」
「お前の傘があったから届けに来たんだろう」
「風邪引くよ」
「俺は不死だから、関係ない」


嗚呼そうか、体温調節も出来るんだっけ。
強い人は違うなぁ。私ももっと強くなりたい。
こんなこと考え始めたのはいつだっけ?
少なくとも、目の前にいる奴を率いる人が現れてからだったと思う。


「ゴミ袋かぶらなくて済むだろう」
「…そうだね、有難う」


最近雪比奈はよく笑うようになった。
気の所為ではないと願いたいし、きっと気の所為ではない。

よく私の前に顔を出すのだ。

それも私が再び与えられた部屋で生活を始めてからだろうか。
捜シ者が、亡くなってからのことなのだろうか。
いつからなのかなんてカウントしてないよバカ。

傘を受け取る際に軽く触れた手は、相変わらず冷え切っていて私の持つ熱がじわりと伝わればいいなんて思ったりする。
私は雪比奈が好きだ。
きっと雪比奈も同じだったりするんだろう。


「今日も居座るつもりなの?」
「人聞き悪い。別に居てやってるだけだ」
「そうだね、何か飲んで行くんでしょ?」
「要らない」
「、は」


気付けば褐色の肌が目の前にあって、その目は静かに伏せられていて、…唇は触れていて。
こいつ、私が風邪引いてたら感染るぞ。


「そうだな、馬鹿は感染るかもしれない」
「さらっと心読んでんじゃないよ、恥を知れ」
「嬉しいくせに何言ってるの」
「…強ち間違ってないけど」


俺の勝ち、なんて言ってる雪比奈はまだまだよくわからないことだらけだ。
ただ目の前にいる彼が楽しそうだから、それでいいか。なんて。


「帰ろっか?」
「そうだな」


自然と繋いだ手のひらから伝わるのは、熱ではなくて冷たさで。
それを持つのは、きっと世界で一人だけな筈。



What are you waiting for?

(でも、僕らは僕ららしく歩けばいいか)

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