埋めた隙間


「オレ、センパイのことが好きっス」

 今思えば、どうかしてるとしか思えない黄瀬の告白から数ヶ月間、オレ達はいわゆる恋人という関係にあった。
 特別何をするというわけでもない。一緒に帰ったり、休日を共に過ごすというだけ。
 意外にもオレはあいつに影響されたみたいで、この立場を心地好く感じていた。

 しかし問題もそれなりにあるわけで。例えば、黄瀬といると周りに女が寄ってくる。しかもうるさい。もっと問題なのは、あれ―。

「黒子っちー!!」
「黄瀬くん、また来たんですか」

 誠凜の黒子に会いにわざわざ東京まで行ったり、海常に来るよう誘ったり。諸手をあげて歓迎されているわけでもないのに。
 東京まで遊びに行かないっスか、なんて誘われて出かけたら、黒子に会うのが目的だなんて。話題も黒子のことばかり。

「センパイ、何考えてるんスか?」
「別に何も…。黒子はもういいのか?」
「これから用事あるらしいっス」
「わざわざ来たのに残念だったな」
「本当っスよー」

 だからセンパイ、今からいっぱい楽しみましょう。そう言った黄瀬に不覚にもドキッとしたのは言ってやらない。




 黒子はもういないのに、やっぱり話題は黒子のことで、少しはオレを見ろよと言いたくなる。

 なあ、お前はオレと付き合ってるんだよな?本当にオレが好きなのか?黒子のほうがよかったんじゃないか?

 頭にはどんどん悪い考えばかりが浮かんで、ぐるぐると胸を渦巻く不安は止まらない。
 黄瀬と付き合うまでは、こんな感情知らなかった。知らなくてよかった。自分の中にこんなにも汚い部分があるなんて、知りたくなかった。

「センパイ…?」

 知らず知らず繋いだ手を強く握りしめていたらしい。黄瀬が顔を覗き込む。
 慌てて力を抜いて目を逸らしても、もう遅い。

「センパイ、どうしたんスか?」
「どうもしてねーよ」
「だってセンパイ、泣きそうな顔してるっスよ」
「泣きそうな顔なんか…」
「してる。ねえ、オレ何かしちゃったなら言ってほしいっス」

 泣きたいわけじゃない。見れば黄瀬も泣きそうな顔をしていて、よくわからないけど心臓のあたりがちくりと痛んだ。

「……お前、オレのこと好きなんだよな…?」
「え?」
「いや、なんでもねえわ」

 忘れろ。そう低く呟いてちらっと見ると、黄瀬が不可解そうにオレを見ていて、張り詰めていた何かの糸がぷつりと切れた。

「本当に好きなのはオレなのか?黒子のほうがよかったんじゃねーのか?無理してオレと付き合うことなんて…!」

 やめろと、頭の隅で自分が叫ぶ。ここは外で、オレ達は男同士で、相手は黄瀬だ。騒ぎを起こすわけにはいかない。

「センパイ…」

 女みたいに嫉妬して、それでも黄瀬が好きで女みたいに縋ろうとしてる。みっともない。

「お前が好きだよ……」

 黄瀬を見ることができない。俯いたまま背を向けて遠ざかろうとすると、腕を強く掴まれた。

「どこ行くんスか、センパイ」
「…っ、離せ」
「いやっス」
「…黄瀬!」

 こめられた力はどんどん強くなっていく。

「笠松センパイ、ずっとそう思ってたんスか?」
「………」
「オレには笠松センパイだけっスよ」

 ぐいっと腕を引かれたかと思えば、次の瞬間オレは黄瀬に包まれていた。黄瀬の匂いが鼻を掠め、体温が伝わってくる。

「黒子っちのことは確かに大好きっスけど、それはセンパイのとは違う。オレが好きなのは今までも、これから先も、笠松センパイだけっス」

 不安にさせてごめんと囁かれたその声は、脳に直接響くみたいにオレに染み渡った。




埋めた隙間


(デートの続きしよう、センパイ)(おう)