精一杯の
死ネタ注意
臨正前提で、性描写は帝正 折原臨也が死んだ―。
その知らせは池袋を駆け巡り、やがて俺の耳にも届いた。
「臨也さんが死んだ…?嘘だろ?」
「本当だよ、正臣。ずっと病気だったらしい」
「平和島静雄に殺されたんじゃないのかよ」
そのほうがよっぽど臨也さんらしい。
色白だったけど病気なんて似合わない。いつも飄々と人を見下すようなあの人がそんなものに負けるわけが…。
『あいつは病死だ。新羅が言うんだから間違いない』
そっと目の前に差し出されたPDA。
セルティに諭されるまでもなくわかってる。
臨也さん…、好き勝手やって、あげくの果てに俺をおいてあっさり死ぬなよ。涙も出てこない。
「正臣…」
帝人が心配そうに俺の顔を覗き込む。
「なんて顔してんだよ、帝人」
むりやり笑ってみせる。
「悪い、俺用があるんだわ」
そう言ってその場を離れた。
歩きながら目の前に浮かぶのは、臨也さんの死に顔。笑ってなかった。
刺された時ですらバカにするように笑ってたのに。
「紀田君」
ポン、と肩に手がおかれる。
「臨也さ…」
振り返ると臨也さんではなく、白衣のめがね。
「臨也じゃなくて悪いけど」
そう前置きして話し始める。
「あいつ、ずっとそうだったんだ。器用なんだか不器用なんだか、言わなかったみたいだけどね。君と出会ったときにはもう…」
「………」
そんなそぶり全くなかった。誰かがあいつは常に厨二病だって言ってたけど、まさか本当に病気だったなんて。
「頑張ったんだよ、あいつも。最後のほうは自分のためだけじゃなかっただろうし」
「え?」
「それだけだよ。悪かったね、呼び止めたりして。葬式…やるのかは知らないけど、出てやりなよ」
そう言い残して去っていった。
自分のためだけじゃなかった。その言葉が頭の中をぐるぐる回る。
「なら…」
誰のため?
聞こうとした時にはもう姿はなかった。
それからの俺はほとんど自棄だった。
人が一人死んだくらいで世界は何一つ変わらない。そう思ってた。
実際、そうだろう。誰がいようと、いなかろうと、一日はあっという間に経過する。俺を残して。
臨也さんの存在はこんなにも俺に必要だった。
「正臣?」
名前を呼ばれて現実に引き戻される。同時に、高い声がこぼれる。
「んぁっ!!」
「誰のこと考えてんの?」
「ゃ、ぁあっ」
身体の中をガンガン突き上げられる。
誰かれ構わず抱かれるようになって、結構な日数が経ったように感じるけど、たぶん一ヶ月も経ってない。
「帝人…」
自分でもよくわからない涙が零れた。
「今、正臣の前にいるのは僕だよ。臨也さんじゃない。僕を見ろよ」
帝人はそう言いながら優しく俺の頭を撫で、キスをする。
最近の帝人はよくわからない。怖い。けど、俺を見る目、俺に触れる手は優しい。
「帝人…っ、も、や…っ」
「ん?」
とぎれとぎれに訴えると、聞き返しながら深く突き上げられ、果てた俺は一瞬忘我の淵をさまよう。
そっと抱きしめるしぐさに臨也さんの面影を見る。
おさまったはずの涙がまた流れ出した。
「正臣?」
「臨也さ…ッ…」
「……」
「ごめ…っ、帝人、俺…もうやめる」
「何を、なんて聞かなくてもわかることか」
帝人が深く息をついて、立ち上がる。
「帝人」
縋るように呼んだその声は、かすれて弱々しく消えた。
「言うつもりはなかったんだけど」
服を着ながら帝人は話し始める。それは、俺にといよりは自分が忘れないための反復に聞こえた。
「岸谷先生が、臨也さんの最期の言葉を聞いていた。気になるようならいつでもおいで、セルティ狙いじゃなければ歓迎するよ。そう言ってた」
ただ、それだけ。
着終わると同時に話も終えて、部屋を出ていった。
後に残された俺はしばらくぼうぜんとしていた。
頭の中で帝人の言葉のスロー再生が始まる。
岸谷…最期の…セルティ…歓迎…。
何か大切な単語が抜けている気がする。
『岸谷先生が臨也さんの最期の…』
臨也さん?
ぼーっとしていた頭が急激に冷えていく。そして、弾かれたように立ち上がった。
「やぁ、いつかは来ると思ってたよ」
その人は、何もかもわかったような顔をして俺を招き入れた。
「前に、あいつが頑張ったのは自分のためだけじゃないみたいだった、って言ったの覚えてるかい?」
俺はうなずいた。
「臨也ははっきり言わなかったけどね、君のためだったと思うよ。あいつが最期まで呼び続けたのは君の名前だったんだから」
「え…」
「正臣、って。驚いたよ。あいつが君のことを呼び捨てにしたんだから。まぁ、気づいてはいたけどね」
思わぬ言葉に顔をあげる。
「気づくよ、明々白々だね。君、わかりやすいから。臨也も珍しく優しげな顔してたしね」
臨也さんが優しげな顔?
あの人は表情から感情を読み取らせてくれないのに。
「君のことは大切にしていたよ。人間以上に。…ここまで言っておいて今更かもしれないけど、一応確認するよ。続きを聞くかい?」
もちろん、聞かない理由はない。
「…正臣は俺のことを忘れて普通に戻ったほうがいい。サンシャインでナンパでもしてるほうが、よっぽど健全だ」
これが本当の最期の言葉ね、と一度言葉を切る。
「そして、君に伝えてくれと言われたのが、『君たちを観察するのは楽しかったよ。でも、非日常からは足を洗ったほうがいい。大人の忠告は素直にきくものさ』。一字一句間違いはないと思うけど」
「…ぅ…っ」
微かなうめき声が聞こえた。それが自分の泣き声と気づいたのはそれからずっと後だった。
「臨也さん…臨也さん……っ!!」
いつのまにか家主が消え、一人きりになった部屋で泣きつづけた。
名前を呼んでほしい。俺の好きな、あの人の声で。
子供のように声をあげて泣くのは、これが最初で最後だ。
臨也さんには恨みもあったけど臨也さんが俺にくれたすべては愛だった。
「臨也さ…っ」
―君が大好きだったよ。
空耳。そう言われれば終わりだけど、臨也さんが傍にいるような気がした。
行きたいよ、あんたの傍に。でも生きるよ、あんたと俺のために。
精一杯の(いつまでも、あんたが好きだ)
2012.06.28