バカは風邪引かないらしい


「あけましておめでとうございます」

 正月明け最初の練習に謙也さんは顔を出した。
 新年の挨拶と共に頭をさげると、少し驚いたように見えた。

「律儀やなー、財前は」

 棒読みやけどな、と笑いながらも返してくれる。謙也さんのほうがよっぽど律儀やと思う。

「少し打たせてや。家に閉じこもってばかりじゃ身体も鈍るっちゅー話や」
「へぇ…。謙也さんでも勉強とかするんや」
「当たり前やろ!一応受験生や!!」
「普通に受験生の自覚あるんやったら、この時期顔出さへんのとちゃいます?」
「…人が気にしてること言わんといてや」

 目をそらしてラケットを手にする。

「試合なら金ちゃんの相手したってください。うるさいんすわ」
「せやなー」

 金ちゃんを大声で呼びながらコートに向かう謙也さんを追う。思った通り金ちゃんはすぐにとんできた。

「謙也ーっ!!試合してや、試合!!」
「そのために金ちゃん呼んだんや」
「審判、したりますよ。そうでもせんと一回じゃ終わらへんやろし」

 審判席に座って試合の行方を見守った。




「これで終わりなん?嫌や、もっとやりたいわー」

 案の定、金ちゃんはごねた。

「終わりや、練習せぇ」
「スマンなぁ、金ちゃん。また今度や」

 冷たく突き放す俺と、なだめすかす謙也さん。性格の違いは至るところに表れる。人が懐くんは、もちろん後者。

「なら財前試合やー!!」
「…は?」

 ほんま、なんで急に矛先むけるんや…。頭痛なってきた。

「金ちゃん、それはアカンわ。財前はな、これから帰んねん」

 …は?何言ってんねん、この人は。

「なんでやぁ?財前帰るん?」
「帰らへん」
「いや、帰るんや」

 半ば無理やり腕をひかれて、部室に連れていかれる。

「アホちゃいますか。なんで俺が帰らなあかんねん」
「風邪ひいてるやろ」
「……」
「俺が気づかへんとでも思ったんか?」

 正直思っとった。
 普段鈍いねんから変なとき勘鋭くならんでええわ。

「…あんたが来るなんて聞いてへんかった」
「ええから帰れ。熱もあるやろ?喋るんもきついんちゃうか」
「平気すわ」
「あかん、帰れ」

 謙也さんの指摘は正確やった。
 金ちゃんの相手なんてやってられへん。頭痛も多分金ちゃんやなくて風邪のせいや。
 …でも謙也さんの言いなりになるんは、なんや悔しくて嫌やった。

「嫌や」
「…頼むから。お前が辛そうなん、俺が嫌やねん」

 困った顔というよりは泣きそうな顔。

「帰ってくれ、な…?送るわ」

 そこまで懇願されるとこっちがアホみたいや…。

「わかったすわ。…送ってくれるんやろ?」

 少し歩いて振り返ると、目の前が揺れた。
 あ、やば…。

「そないフラフラの病人、一人で帰らせられへんっちゅー話や」

 俺を支える確かな力と妙にはっきり聞こえる声。思わず手を伸ばす。
 こんなにも近くにいるのに、まだ足りひん。

「ん?どうした?」

 俺の手を掴んで優しげな声を出す謙也さんに、なんとなくイラついた。

「どうもしてへんすわ」

 そう言いながら引き寄せてキスをする。

「謙也さんは俺と違うてアホやから、風邪なんかひかへんのやろ?」
「おま…っ」
「俺のせいで落ちた言われるん嫌なんで、風邪うつらんといてや」

 謙也さんの“頼み”を聞く礼くらい貰うてもええやろ?

「帰るんとちゃうん?」
「ほんまに風邪ひいてるんか、こいつ…」
「あんたが言うたんやろ」

 確かに言うたけど、とかなんとかブツブツ言うてる謙也さんを見る視界が霞む。

「すんません、謙也さん。本格的にやばそうすわ」
「ほな、座っとき。チャリこっちまで持ってくるわ」

 ふら、と倒れ込むように椅子に座った。




 戻ってきた謙也さんは、俺を支えるようにしてチャリに乗せる。

「後ろ、しっかり掴まっときや。落ちたらあかんからな」
「…そない簡単に落ちひんよ」

 スピードスターとか言うてるだけあって、謙也さんのチャリはかなり速く、乗ってる時間は短かった。

「着いたで。歩けるか?」
「当たり前すわ」

 それでも謙也さんは俺を支えて歩いた。

「財前、家におかんとかおる?」

「…いや、いないすわ。たしか出かけるとか」
「しゃーない、部屋まで連れてったるわ。はよ鍵だしぃ」
「ここでええよ。ほんまに風邪うつってまう」

 仮にも受験生、しかも好きな相手に風邪ひかせるわけにはいかへん。
 家入って階段登るくらい、いくらダルくてもできるっちゅーねん。

「風邪ひいたやつ、ほうっておけへんっちゅー話や」

 …謙也さんらしいわ。
 こうなったらゆずらへんねん、この人は。

「…はぁ、絶対うつらんといてや。うつったら襲いますよ?」
「具合悪いんとちゃうんか。おっそろしいわぁ」

 笑いながらもしっかり支えてくれる。
 謙也さんの腕から伝わる、妙な安心感。それが心地好くて。

「ちゃんと寝ぇや。…いや、先に薬やな。どこにあるん?」
「そこまでせんでええって。ガキとちゃうねんから」

 そう言うてる間に謙也さんの姿は消えとって、すぐに戻ってきたその手にはポカリ。

「やっぱ風邪にはポカリやろ!!」
「人ん家のこと、よう知っとりますね…」
「光の家やからな」

 なぁ、あんた状況わかっとるん?
 俺ん家は誰もいなくて。俺はあんたが好きで。あんたも俺を好きで?風邪やからって尽くしてもろて。あげくに急に名前で呼んで…。限られた時しか名前で呼ばへんくせに。

「謙也さん…」
「なんや?あ、ポカリ飲むか?」
「…飲ませてくれるんやったらな?」
「は!?」
「具合悪うて飲めへんすわー」
「絶対嘘やろ!!」

 赤面して怒鳴りながらも、手はポカリをコップに注いでいた。

「謙也さん、遠いすわ」
「す、少し黙っとけや」

 そして、コップに口をつける。

「…何普通に飲んでんねん」
「しゃーないやろっ!!」
「ま、三割冗談すわ。自分で飲むから、コップ」

 差し出した手が熱いのには、自分でも気づいていた。

「謙也さん?」

 いつまでも渡される気配がないのを不思議に思って顔をあげた瞬間、唇を塞がれる。
 口に広がる、覚えのある甘ったるい味。それは冷たく、渇いた喉を潤した。

「…そんな、熱い手で目ぇ潤んでるやつの言うこと断れへんやろ」

 面倒見ええのも大概にせんと付け上がられるで?俺みたいのに。

「なぁ、もう一回」
「調子にのんな、ボケ」
「かわいい後輩の頼みやないですか」
「アホ、ただの後輩やったらこんなことせぇへん」
「当たり前や、俺やから言っとるんすわ」
「…っ」

 躊躇いながらも謙也さんはもう一度コップに口をつけた。
 唇伝いに流れ込んでくるそれをコク、と軽い音をたてて飲み干す。

「…んぅ!?」

 そのまま唇を離さずに舌を絡めると、謙也さんは抗議の声をあげた。
 その声は次第に抗議から別のものへと変わる。

「ん…っ」

 謙也さんの声が耳を刺激する。
 このまま襲ったろうか。そんな考えが頭を掠める。

「…ごちそーさん」

 しばらくしてから唇を離した。

「おま…っ」
「美味かったすわ、ポカリ」
「ありえへん…。うつったらどないすんねん」
「アホは風邪ひかんのとちゃいました?ま、うつったらまたキスしたりますよ」

 赤く染まる謙也さんの頬。

「っ…!!もうええから、はよ寝ぇや!!」

 そう怒鳴って出ていく謙也さん。照れ隠しなんがまるわかりや。

「あんたが看病するんやったら治るもんも治らんけど、あんたが心配してくれるんやったら…」

 窓から謙也さんが走っていくのが見える。
 ゆっくりとまぶたをおろした。




 後日談。
 風邪は三日程長引いた。
 謙也さんはやっぱりアホやからうつらへんかったらしい。アホやと便利なこともあるんやって、ただそれだけの話。




バカは風邪ひかないらしい


(ちっ、看病したったのに)(なんや怖いねんけど…)


2012.01.05






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