何もできない



自傷描写あり



 ピーーーッ!!
「ファウル 黒7番!!」

 一瞬の攻防。オレは吹っ飛んでいた。
 鋭い笛の音がなる。
「…って」
 衝撃に顔を歪ませる。

「ナイスだ。大丈夫か?」

 差し出された手を掴んで立ち上がる。
 正直、めっちゃ痛いけどそんなこと言ってる場合じゃねーな。
「平気っす。…って、え?」
 掴んだ手を離した瞬間、また床に逆戻り。
 自分でも何が起きたかわからなかった。ただ、頭は冴えていた。

 やべ…冗談抜きで痛ぇ。力も入んねぇ。こんなんじゃ交代だろーな。

「高尾!?」
 キャプテンの肩を借りなきゃベンチにすら戻れなかった。


 高尾は必ず病院へ行くこと。
 そう締めくくられたミーティングのあと、その足で病院に向かった。

「なー、自分でこぐのってどんな気分よ?」
「どうもこうも仕方ないのだよ。そもそもお前はそんな場合じゃないだろう」
「あー…、まーな」
 今だけは現実逃避するくらい許してくれよ。
 呪いのように頭から離れない医者の言葉。

『日常生活は問題ないでしょう。…ただ、バスケは諦めたほうがいいかもしれません』

 頭が真っ白になるってああいうことを言うんだろうな。
『嘘だろ・・・?』
『残念ながら』
 嘘だって言えよ…!!
 信じられなくて、信じたくなくて、気持ちの整理がつかないまま病院をあとにした。

「なぁ、公園寄ってくんね?
 真ちゃんは何も言わずに方向を変える。
 無言が、こんなにも痛い。
 気を遣うなら、普段通りバカみたいな理屈並べてくれるほうがいい。
「高尾」
 気がつけば公園内のバスケットコートに着いていた。
 ベンチに座ってボールをいじる。
「真ちゃん、シュート」
 そう言ってパスすれば、スリーポイントラインからはだいぶ離れているのにキレイにきめる。
 オレの相棒は、そういう奴なんだ。オレは、天才の相棒だったんだ。
 その相棒はシュートしたボールを自分で拾って、オレの前に立っている。

 だからさ、何か言えよ。

「なぁ、バスケしてーよ」
「………」
 こいつが、オレ以外と組んでるところなんか見たくねぇ。
 こいつの、緑間真太郎の相棒は、オレしかいねぇんだよ。
「…っ」
 頬をつたう雫。
 オレ、泣いてんの?情けねー…。こんなとこ、見られたくなかったな。
 見られたくないと思うくせに縋るように手を伸ばす。
「オレ、ずっとお前の隣で、一緒にバスケしてたかったよ…!!」
 学ランに縋り付いて枯れるまで泣きつづけた。


 バスケの為に入った高校でバスケができなくなったなら?
 通う意味なんてねーよな。
 かといって不登校なんて道も選べなくて。
 抜け殻みたいにただ学校へ行って、終わればさっさと帰る。間違っても練習中の声を聞かないように。
 手首には何本も傷ができた。
 時間があればバスケのこと考えちまうんだ。
 考えたくなくて、頭からバスケを引きはがすために血を流す。それを繰り返してるうちに、一生消えない傷が増えていく。

「高尾」
「…なんだよ?」
 バスケ部員は避けてるのに、一番会いたくない奴には見つかる。
 オレが心配かよ?らしくねーツラしてんな。
「なぜ避けるのだよ」
「……」

 察してくれよ。

「あのさ、真ちゃん。頼むからオレに構わないでくんねーかな」
 元相棒の称号はいらない。
「ツラいんだよ。お前が来るたびに嫌でも現実を突き付けられる」
 痛むのは切った腕じゃない。
「それとも、お前もバスケやめるかよ?」
「…やめるわけがないだろう」
「だったら姿見せんなよ…!!」
 もうやめろ。そう頭の隅が警告する。
 緑間を責めてどうする。自分が惨めになるだけだ。

「高尾!!」

 緑間が腕を掴む。
「次の日曜、試合があるのだよ。場所はここの体育館。絶対、来るのだよ」
 それだけ言う間にも、緑間の目に負けそうになる。
「…んなの行くワケねーだろ」
「いや、来るのだよ」
 言いたいことだけ言って背を向ける。
 さすが、エース様だよな。
 行くワケがない。二度とバスケは見ない。そう決めたハズだったのに。


 日曜日、結局オレは体育館にいた。
 ドリブルの音、バッシュのスキール音、すべてが懐かしく思える。
 オレのポジションには二年生。オレのほうが上手い。そう思ってしまう。
 パスはそこじゃねーよ。周り見ろよ。
「…チッ」
 何やってんだ、オレ。未練がましい。
 帰ろうとした。でも試合から目が離せない。
 パスをもらって、緑間がシュートする。いつもながら鮮やかに決まる。
「さっすが、真ちゃん…」
 すでにかなりの点差がある。こんな言い方をすれば、緑間は嫌がるだろうけど、最後まで試合がひっくり返ることはないだろう。
 体育館裏の木の陰に座り込む。
 ここからでも見えるんだ。特に、あいつは。

「ありがとうございました!!!」

 ああ、終わったんだ。最後までいるなんてな。
 戻れない場所に焦がれて、そこにいる奴を羨んで、妬んで。オレの中身はこんなにも醜い。
「ここにいたのか」
「なんで…」
 手を突っ込んだポケットの中でカッターをいじる。
「見ただろう」
「…あぁ、見たよ。オレがいなくても真ちゃんは大丈夫だなーって確認したよ」
 違う。そんなことじゃなくて。オレが言いたいのは。

「何を見ていたのだよ」

「え…?」
「お前のほうが上手いだろう」
 予想していなかった賛辞にオレは固まった。
「もちろん部活だから誰と組むこともあるだろう。お前がもうできないこともわかっているのだよ」
 でも、と続けた。

「たとえバスケができなくなろうと、オレが相棒だと認めるのは高尾だけなのだよ」

 ほんとに緑間かよ、これ。今世紀最大のデレじゃねーの。
「だいたい、お前がいなければ誰が漕ぐのだよ」
 付け加えられた言葉に笑みがこぼれる。確かに、こいつは緑間だ。
 その笑みも、堪えきれない涙に消される。
 もう二度と、こいつの前で泣くことはないと思ってた。泣いてるのを見られたくない、とも。
 前と違うのは、縋って泣くオレを抱きしめる緑間の体温。
 どんなに幸せか。

「高尾、お前が必要なのだよ」

 耳元で囁く声。
 そういや意外といい声なんだよな。
「オレも、だ…。オレ…、お前が好き、だ」
 涙声でそう返すと、抱きしめる力が強くなる。
「約束しろ、オレを離さないと」
「当然なのだよ」
 背中に回っていた腕が離れ、オレの左腕を掴んだ。
「高尾も約束するのだよ。何があろうと、二度と切るな」
「…っ」
 やっぱバレてたか。
 ただ、頷く。緑間に必要としてもらえるなら、血を流すことはない。
「帰るのだよ」
 歩き出した緑間を眺めてあることに気づく。
「なぁ、今日ラッキーアイテム持ってないのかよ?」
「…今日のラッキーアイテムは、“相棒”なのだよ」
 緑間の顔が赤くなるのがわかった。
 かっこつけすぎ。


 後日談、てか宮地先輩から聞いたハナシ。
 あの日、緑間は本当のラッキーアイテム、“猫の置物”をベンチの下にこっそり置いていたらしい。
 かっこつけるにしては中途半端だろ。
 でもちゃんとラッキーアイテム持つあたり、緑間らしい。
 オレは時々、部活にも顔をだすようになった。
 天才の相棒は、それなりでなくちゃなんねーよな?
 甘くねーよ。何もできないオレは、それでも緑間真太郎の隣に立ち続ける。
 それが、オレの存在意義だ。





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