染まるなら



高緑要素あり


 その日はたまたま練習がなかった。

『なぁ、テツ。今日暇だろ?』
「なんで知ってるんですか」
『こっちにはさつきがいるだろーが』

 電話越しのその声はなんだかイキイキして聞こえた。
『だからちょっと付き合えよ』
 そんな声を聞くのは久しぶりで、断らなかったのはそのせいもあるかもしれない。
「いいですよ」


「それで、なんでバスケになるんですか」
 なんとなく予想はしていた。青峰の休日は昔から大抵ストリートバスケに費やされる。
「いいだろ、好きなんだから」
 バスケが好きなのは黒子も同じだ。ただ、青峰のペースは少しキツい。
「少し休憩すっか?」
「あー!!」
 提案に被さる形で響く声。
「ずるいっスよー。なんでオレに黙って黒子っちとバスケしてるんスか」

 …チッ。

「お前に許可とる必要なんてねーだろ」
「そうっスけど」
「黄瀬く…」
「オレもやるっス」
 半ば強引に黒子の手からボールを取り、そのまま向かい合った。
「黒子っち、1on1しよう」
 だから青峰っちは邪魔しないでほしいっス。そう続けられた言葉に、青峰は苛立たしげにベンチに座った。
「おい、テツ!!さっさと終わらせろ。マジバ行こーぜ」
「わかりました」
「そんな、オレ来たばっかじゃないスか」
「うるせーよ。元々呼んでねぇ」


 言葉通り、決着はあっという間だった。
「やっぱ黒子っちがオレに勝つのは無理っスよ」
「勝つなんて言ってません」
「さっさと終わらせろって言ったんだよ。行くぞ、テツ」
「はい」
 黄瀬には目もくれず歩きだす。黒子は慌てて後を追った。
 まるで昔に戻ったかのようで、少し嬉しかった。

「それで?なんでお前もいるんだ?」
「つれないっスねー。いいじゃないスか」
「テツ、お前気づかなかったのか?」
「気づいてましたよ」
「なんで言わねえんだよ」
「聞かれなかったので」
 バニラシェイクを片手になんでもないような顔をして答える。
 ハァ…。
 青峰からため息がこぼれた。
「幸せが逃げていくっスよ」
「誰のせいだよ」
 青峰と黄瀬のやり取りを黒子はただ眺めていた。
 巻き込まれればシェイクがぬるくなる。好んで首を突っ込もうとは思わなかった。

「騒々しいのだよ」

 頭上から浴びせられた冷たい声は間違えようもなく、見上げるとそこにはやはり、かつての仲間の姿があった。
「どーも」
 その後ろから覗かせる顔にも覚えがあった。
「緑間君と高尾君…」
「すげー混んでて空いてねーんだわ。相席、いっすか?」
「はい、どうぞ」

 自分たちの席に二人増えたことに気づいているのか、青峰と黄瀬はまだ言い合いを続けていた。

「だいたいオマエ、モデルじゃなかったか?仕事しろよ」
「今日はオフなんスよ」

 そもそもの論点すら黒子にはよくわかっていなかった。
「まったく・・・少しは周りの迷惑も考えるのだよ」
「すみません」
「黒子に言ったわけじゃないのだよ」
 苛立つ緑間を、高尾が面白いものでも見るように、口元に笑みを浮かべながら眺めている。
「珍しいんですか」
「へ?」
「緑間君が苛立っているのは、あまり珍しいものとは思えなくて」
「あぁ、違う違う。真ちゃんが苛立ってんのが珍しいんじゃなくて、真ちゃんが楽しそうにしてんのが珍しいの」
「…楽しくなどないのだよ」
「ハイハイ」
 緑間があしらわれているのが、それこそ珍しいような気がして、黒子は思わずまじまじと見てしまう。

「知ってっか?幸福なのは義務なんだぜ?オレは義務を果たしてんだから邪魔すんなよ」
「オレの義務でもあるんスよ」

 未だ続く不毛な言い合い。

「…くだらない。人事を尽くしていれば幸福でいることなど当然なのだよ」

 そこに突如として緑間が参戦した。
「あ?緑間?」
「緑間っち?」
 緑間がいることに今気がついたように不思議そうな顔を見せた。
「さっきからいましたよ」
「なんで言わねーんだよ」
 緑間も高尾も声をかけた。だからわざわざ知らせる必要がなかった、というのが黒子の言い分だが、言っても青峰には通じないだろう。
「で?緑間はなんだって?」
「聞いていなかったのか」
「聞いてたっスよ。聞こえてなかっただけで」
「それを聞いていないと言うのだよ」
「僕は聞いてましたけど・・・本当に緑間くんですよね?」
 黒子ですら耳を疑うほど、その言葉は緑間らしくなく、しかしある意味ではとても緑間らしかった。
「いいじゃん、もう一回言えば」

 最後は高尾に促され、緑間は少し前の言葉を繰り返した。

「人事を尽くしていれば、幸福でいることなど当然だと言ったのだよ」

 青峰と黄瀬、一度聞いていた黒子でさえも呆気にとられて緑間を見つめた。
「よーするに、真ちゃんは人事を尽くしてるからオレといられて幸せだって言いたいわけね」
「なっ…。そんなことは言ってないのだよ」
「素直じゃねーんだからー」
 笑いながら緑間の肩をバシバシ叩く。
 帝光時代にはいなかったタイプの高尾と、帝光時代には見せなかった反応をする緑間を見比べ、黒子は安堵したように笑った。
 緑間が、こんなにも心を許す相手がいるのなら。

 みんな、変わりつつある。いや、戻りつつ、かもしれない。
 全中三連覇する前の、みんなでバスケするのが楽しかった頃に。
「高尾君」
「はい?」
「緑間君をよろしくお願いします」
「何を言っているのだよ、黒子」
「真ちゃんの親父かって」
 高尾はひとしきり笑い、目に浮かんだ涙を拭いながら、黒子を見据えた。
「まぁ、任しときなって。真ちゃんが人事を尽くさなくてもオレが幸せにしてやるからさ」
「高尾まで何を言っているのだよ?」
「照れんなってー」

 二人から視線をずらすと、かつての相棒と目があった。
「青峰君」
「あ?」
「バスケ、しましょう」
「おう!!」
 楽しくバスケができるなら、それが一番だ。
 隣にいるのが、望む人ならなおさら。
 学校が違うなら休日に会えばいい。そんなことすら頭に浮かばなかったとは。

 黒子の感情は、はっきりしていた。





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