おやすみなさい



『――――!!』

 弾かれたように飛び起きる。そこにあるのは明かりの消えた、しかし見慣れた自室。
 脳裏に残る、嫌な夢の感覚。見たばかりだというのに、どんな夢だったか細かい記憶はない。ただ嫌な夢、怖い夢という感覚だけが残っていた。
 衝動的に携帯を掴み、電話をかける。今が何時なのかも考えずに。

「………」

 相手が出るのを待つ間、余計なことを思い出さないように、ひたすらコール音を数えていた。

『…もしもし、赤ちん?』

 コール音が10回を超えた頃、ようやく聞こえたその声は明らかに不機嫌で、しかしどこか心配そうな響きをはらんでいる。

「敦……」

 大きく息を吸って相手の名前を呼ぶと、声が震えた。

『赤ちん?どうしたの?』

 異変を感じ取ったのか、何度も問い掛ける声を聞いているうちに、強張っていた身体から力が抜けていく。

「夢を見たんだ」
『夢?』
「よく覚えていない。でも怖くて嫌な夢だった…」
『怖くてオレに電話したの?』

 そう問われて、ふと気づいた。怖い夢を見て電話するなんて、まるで子供ではないか。

「いや、そういうわけじゃ…」
『赤ちん、嘘はだめだよー』
「敦の声が聞きたかっただけだ」
『オレの声聞いて、落ち着いた?』
「…ああ」

 あんなに濃く残っていた嫌な夢の感覚が、消え去っている。代わりに、大好きな人に包まれたかのような幸福感で満たされていた。

『赤ちんが怖くて眠れなくても、オレそっち行けないしー』
「眠れないわけないだろう」
『本当にー?』

 そう言ったものの、眠気はすっかり覚めている。それを見透かしたかのように紫原の言葉が続いた。

『だって赤ちん、夜中に起きちゃったら眠れないじゃん』

 図星を指されて返す言葉がなくなる。
 昔からそうだった。なぜか一度起きると眠れないのだ。

「なんでそれ…」
『さすがにこれだけ付き合ってたらわかるし。オレがいれば眠れるのも知ってるー』
「……っ!」

 紫原と付き合い始めてから、紫原がいれば深い眠りにつけることに、赤司自身も気づいていた。
 近くにいれば安心する。落ち着ける。いつからか、欠かせない存在となっていた。

『そっちには行けないけど、ここにいるから寝ていいんだよ、赤ちん』
「敦…」
『ちゃんといるし。だから赤ちん、おやすみ』

 不思議と、紫原の声を聞いていると眠れそうな気がしてくる。今日はもう嫌な夢は見ないだろう。

「ああ、おやすみ」

 起き上がっていた身体を横たえて目を閉じる。眠気が身体を包んでいった。




おやすみなさい


(赤ちん昨日眠れたー?)(ああ、おかげさまでな)





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