宿題は早めに


青峰生誕祝


 朝起きると、携帯が光ってメールの受信を知らせていた。開けばさつきからのを筆頭に、夜中に届いたやつばかり。
 そんな時間にメールなんか見ねーよ。そう思いながら、祝いの言葉が散りばめられたメールを読む。
 さつき、良、黄瀬、テツ、赤司まで…よくもまあ、覚えてたもんだ。自分ですら下手すりゃ忘れちまうのに。
 画面を彩る絵文字やら顔文字を見ていると、今度は着信があった。

「もしもし」
『青峰か、おはようさん。今日は練習来るやろ?』

 聞こえてきた関西弁に、電話を切りそうになる。

「行かねーよ」
『どうせ宿題なんてやるつもりないんやろ』
「当たり前だろ」
『練習来たら手伝ったろうか』
「…行く」

 我ながら単純だけど、夏休み最終日の今日、未だに手付かずの宿題をやってもらえるなら、練習に行く価値もある。




 練習でさえオレについて来られないのに、練習出てこいとか気軽に言うなよ。
 疲れ果てた様子のチームメイトを見てがっかりする。使えるのは数人だけか。

「青峰、お疲れさん」
「今吉さん…別に疲れてねえ」
「そう言うと思っとった」

 主将は細い目をさらに細めて笑った。この人が笑うと、どこか胡散臭い。

「約束、絶対だからな」
「もちろんや。部屋におるから宿題持ってきや」

 胡散臭い笑顔のまま、ヒラッと手を振る。この人は何考えてるかわからない。




 言われたとおり、白紙の宿題を持って寮の扉を叩く。返事を待たずに開くと、今吉さんは苦笑して迎え入れた。

「普通、返事するまで待つもんやで」
「今更だろ」

 広くはないが狭くもない寮の部屋は、きちんと片付いていて、どことなく落ち着かない。

「何そわそわしとるん」
「いや…なんか落ち着かねえ」
「それこそ今更やろ」

 何度も訪れたこの部屋が、今は落ち着かなく感じるのは、外が明るいからだろうか。それとも、手に持ったこの宿題が原因だろうか。

「ほら、宿題やるで」
「え…あんたがやるんじゃないのかよ」
「手伝ったるって言ったはずやで」
「くそ…騙された…」
「人聞きの悪いこと言わんといてや」

 この人には絶対口で勝てない。ごまかされてしまう。
 促されて宿題を開いたものの、数分で投げ出す。お茶を運んできた今吉さんを見上げると、ため息をついて隣に腰を下ろした。

「一問しか解いてないやろ」
「だってわかんねーもん」
「もん、やないで、まったく…」

 わしゃわしゃと乱暴にオレの頭を撫で回しながら、問題に目を通す。

「ここは、この公式使って…」
「わかんねーって」

 説明されても、ちっとも理解できない。だいたい数学なんて役に立たないっつーの。

「終わらせたらご褒美やるから頑張りや」
「ご褒美ってなんだよ?」
「終わらせてからのお楽しみや」

 これだから今吉さんはずりぃ。そんなん言われたら、オレが気になるって知ってるんだ。
 今吉さんの思惑通りに、もう一度問題に向かう。教えてもらいながら一問ずつ。




 それも二時間で限界がきた。

「あー!終わんねーっ!!」

 たくさん解いた気がするのに、未だに残ってる嘘みたいな量に気が遠くなる。
 やらなきゃいけないのは数学だけじゃない。国語も英語も数学同様、全て手付かずだ。

「少し休憩しよか」

 今吉さんが立ち上がり、白い箱を持ってくる。

「何だよ、これ」
「開けてみい」

 箱を開けると、出てきたのは小さめのケーキ。飾られたチョコには『誕生日おめでとう』の文字。

「これ…さつきが作ったんじゃねえよな?」
「桜井やから安心してええよ」
「食っていい?」

 頷いたのを見て、ケーキを口に運ぶ。良が作っただけあって美味い。

「おめでとう、青峰」
「あんたからは?」
「え?」
「これ、良からだろ。あんたは何もくれねえの?」

 そう聞くと、今吉さんは口元に笑みを浮かべてオレを引き寄せた。

 ちゅっ。

 軽く触れるだけのキス。足りないと不満をこめて見つめれば、今吉さんはオレの唇に人差し指をあてた。

「続きは宿題が終わったあとや」

 唇が触れそうな距離で囁かれて、また言いなりになってしまう。やっぱり今吉さんはずりぃ。




宿題は早めに


(終わったぜ)(もう夜中やねんけど)(嘘つき)(はぁ…おいで、大輝)





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