あの日に戻れたら
死ネタ注意「もういい、宮地さんのバカ!」
宮地さんと喧嘩して、子供みたいな言葉を残して飛び出した。
原因はわかってる。オレが悪い。宮地さんが仕事ばっかで構ってくれないから拗ねた。
「高…っ、和成!」
普段は呼ばれない下の名前で呼ばれて、足を止めそうになる。でも、きっと追ってはこないから。
頭のいい宮地さんを追いかけて、必死に勉強して入った大学も、一緒に通えるのは、ほんの短期間で。宮地さんはすぐ就活とかで忙しくなった。
二年の差がこんなにも大きいなんて。オレが、こんなにもガキだったなんて。
一人歩く夜道は、右側が寂しい。
あんな顔させるつもりじゃなかった。ちょっとだけ、オレのわがままで困ってくれれば、あわよくば構ってくれれば、それでよかったんだ。
傷ついたような、申し訳なさそうな、そんな顔をした宮地さんを思い出す。
『お前に寂しい思いをさせてんのはわかってるし、悪いと思ってるけど…』
『わかってねぇよ!!宮地さんはオレのことなんて考えてない!!』
『そんなわけねぇだろ!!』
オレのことを考えてないわけがない。わかってるのに、言葉が止まらなかった。
謝らなきゃ。
その思いはずっと胸の中で燻っているのに、アドレスから宮地さんの名前を呼び出しては消して、一週間がたった。その間、宮地さんからの連絡もなく。
嫌われちゃったかな…。
頭をよぎった不安に首を振ったとき、手の中の携帯が震えた。
《この前は言い過ぎた。明日大学まで迎えに行くから、泊まりに来いよ》
文面を見た瞬間、今まで渦巻いていた不安とか、モヤモヤしたどす黒い感情がすっと消えていく。
《オレも言い過ぎました。もちろん、泊まりに行きます!》
すぐに返信する。
やっと仲直りできる。明日が待ち遠しい。
翌日、オレは完全に浮足立っていた。周りから見てもわかるくらい。
「お前、いいことあった?」
「まあなー」
宮地さんに会えると思えば、長い講義も苦にならない。
いつもの倍くらいに感じる速度で最後の講義を終えたとき、携帯が着信を告げた。『宮地清志』の文字に心が踊る。
「もしもし、宮地さん?今講義終わったとこっす!」
今すぐに会いたい。迎えなんて待ってられない。
今にも駆け出しそうだった足は、相手の次の一言で凍りついた。
『高尾和成さんですか?警察ですが…』
「……は、警察?」
なんで宮地さんの携帯から警察が電話してくるんだよ。
『宮地清志さんが交通事故に遭われました』
時が止まったように感じた。
名前を告げられた病院に、これ以上ないくらい全速力で駆け付ける。
「あの…っ、宮地……さん、は……?」
「今、処置中です」
肩で息をしながら尋ねると、警察が示した扉から、ちょうど医者が出てきた。
「手は尽くしましたが…。運び込まれた時には、すでに危ない状態でした」
まるでドラマのようなセリフを言って、静かに首を振ってみせる。
「は……?嘘だろ……?」
呆然とするオレに、警察が事務的に声をかける。
「着信履歴と発信履歴があなたの名前ばかりだったので、ご連絡させていただきました」
そんなことどうでもいいんだよ…。
「親御さんに連絡がつかなかったので確認していただけますか?」
確認?なんの?宮地さんが、もうこの世にいないっていう確認?
「死んでねぇよ。生きてるに決まってんだろ!」
「お気持ちはわかりますが…」
促されて恐る恐る覗き込むと、そこにあるのは紛れもなく、宮地さんの顔。
声は出ない。ただ涙だけが、止まらずに流れ続けた。
宮地さんがこの世を去って、もう一ヶ月が過ぎた今も、オレは未だに受け入れられずにいた。
《迎えに来るって言ったのに。嘘つき》
《直接ごめんってまだ言ってないんすけど》
いくらメールを打っても、宛先不明で送れない。未送信ボックスは宮地さん宛てのメールでいっぱいになった。
《宮地さん、大好き》
《会いたい》
《会いに来てくれないんすか》
気づけば、足は宮地さんのマンションへと向かう。今でもドアを開ければ、宮地さんが出迎えてくれるような気がして。
開かないドアに、胸が締め付けられる。
宮地さん、会いたいよ…。
どれだけ伝えても伝えきれない。返事は返ってこない。
流れていく時間の中で、オレだけ取り残されたみたいだ。
宮地さんと喧嘩したあの日のような暗い道を、あの日のように一人で歩きながら想う。
―宮地さん、今もあんたを愛してる。
あの日に戻れたら(わがまま言ってごめん、伝えたいことがいっぱいあるんだ)