キミで満たして
笠松生誕祝 オレの恋人はスキンシップが多い。名前を呼べば、すぐに飛んできて、どこでも構わずにくっつきたがる。それは、犬を思わせた。
くっついてくるのが気恥ずかしくて距離をとると、シュンとして悲しそうにオレを見るのが、やっぱり犬のようで。
そんな奴が急にくっついてくるのをやめた。
別に冷たくされるわけじゃない。今まで通り挨拶するし、話もする。無駄に多いスキンシップがなくなっただけ。それだけでも、
「黄瀬と何かあったのか?」
そう聞かれるくらい違和感があるらしい。
「別に、これが普通だろ」
くっつかれなければ、動揺しなくて済む。
いいように扱われてしまうオレが感じたのは、安堵だった。
その日も、いつも通り練習があった。
「笠松、おめでとう」
「先輩、おめでとうございますっ!」
こんなにオレの誕生日って知れ渡ってたか…?
朝から騒々しく祝われて、嬉しいとか恥ずかしいとか、微妙な感情がごちゃまぜになる。
けれど、一番欲しい人はその言葉をくれない。
おめでとう、と。
ただそれだけが欲しかった。
黄瀬からのスキンシップがなくなって数日、初めて気づいた。あのスキンシップが日常で、当たり前で、ないと物足りないんだと。
チラッと黄瀬を見ると、練習に打ち込んでいて、こっちを気にする様子もない。
「黄瀬…」
集中しろ、今は部活中だ。
何度も自分に言い聞かせた。
練習後の部室には、特有の男臭さが広がる。その中で黄瀬だけが妙に爽やかな香りを放っていた。
「じゃあお疲れ様っス!」
「あ……」
あっさりと帰っていく黄瀬を見送ることしかできない。
なんでだよ…オレ、何かしたか…?
わけのわからない痛みが胸を襲う。こんなことなら、もっと素直になっておくんだった。
疲れ果てた身体でベッドに飛び込めば、スプリングがギシ、と音をたてる。
無意識に携帯を握りしめている自分に気づいて、顔が歪んだ。
「黄瀬……っ」
名前を呟けば、まるで聞こえていたかのようなタイミングで携帯が鳴った。
「っ!もしもし…!」
『センパイ、寂しくて泣いてたんスか?』
からかうような黄瀬の声が、電話口から聞こえる。
「…っ、んなわけねぇだろ!」
『えー?少しは寂しいとか思ってくれなかったんスかー?』
「……少しは、な…」
『オレだってセンパイに触れなくて寂しかったんスよー』
「自分から離れておいて、よく言うぜ…」
この数日間が嘘だったかのように、黄瀬は楽しそうに言葉を紡ぐ。電話越しの顔が想像できる。
『ねえ、センパイ…会いたいっス』
「……っ」
口元を近づけたのだろうか、雑音が消えて、黄瀬の声だけが響いた。
『オレ、近くまで来てるんスよ。……センパイ』
「どこだよ?」
黄瀬の思惑どおりになっている気がする。けれど、今はそれすらどこか心地好い。
場所を聞くとすぐに電話を切り、駆け出した。
黄色い頭は、暗い夜道でも目立ってわかりやすい。
「黄瀬!」
振り向いた黄瀬は、満面の笑みを浮かべてオレを抱きしめた。
「な…っ」
「センパイ、誕生日おめでとう。本当は一番最初に祝いたかったんスよ」
電話越しとは違う、生の黄瀬の声が耳に流れ込んでくる。
ああ、オレはずっと、こうして欲しかったのかもしれない。
「いっつも嫌がるから、少し離れてたら自分から来てくれるかなって思ったんスけど…。オレが我慢できなかったっス」
黄瀬の体温に包まれて暑いはずなのに、不思議とそのままでいたいと思った。
「もう…嫌がらねぇよ」
ボソッと呟くように言ったのは、まだ気恥ずかしさが残ってるから。
「ホントっスか!?」
その笑顔に、気恥ずかしさもどうでもよくなってしまう。
オレは自覚してた以上に、こいつが好きみたいだ。言ってやらないけど。
返事代わりに目を閉じれば、すぐに唇が重なった。
キミで満たして(明日からいちゃつき放題っスね!)(部活中は禁止だからな)