欲しいのはそれじゃない











「ふ…ぅ、ん…ショウゴ、く…ん…っ」


 この関係に名前をつけるとしたら何になるだろう。やはり、セフレというのがしっくりくるだろうか。


 黄瀬は自分の身体を執拗に弄る男の名前を何度も読んだ。

「…ぁ、ショウゴ…く…っ」

 何度呼ぼうと、灰崎は無言で身体を弄ぶばかり。
 胸の突起を口に含み、舌と歯で巧妙に性感を高めていく。

「も、やぁ…っ、ショ…ゴく…」

 手付かずで放置されている性器はすでにパンパンに膨れ上がり、先走りを溢れさせていた。
 気づいているくせに、気づかないふりして決して触れない。
 時折目線を上に向けて、感じている顔を見つめる。それが、黄瀬にはどうしようもなく恥ずかしかった。




 何度この行為を繰り返しただろう。そこに黄瀬が望む感情はなくて、ただ灰崎が求めるままに抱かれていた。

 身体の相性はいいらしく、いくら中に出そうと妊娠の心配もない。いつしか深みにはまって抜け出せなくなった。




 涙が零れ、視界が歪む。

「ゃ…、あ、も…さわ…っ、…おねが…っ」

 触って、お願い。うわごとのように呟けば、待ち望んでいた刺激が与えられた。

「う、あ…っ、やぁああッ!!」

 軽く触れただけで、黄瀬は勢いよく達した。

「おいおい、早すぎだろ、リョータぁ」

 嘲るような笑みを浮かべて、やっと灰崎は言葉を発した。達したばかりで敏感になっている身体を弄びながら。

「だって、…ゃ、あ…んたが…っ、ぅあっ……あ…ッ」

 黄瀬の悦ぶ場所を知り尽くしたその手が与える快感は、いとも簡単に再び黄瀬を昂ぶらせていく。

「ん…ぁ、あ……ぅん…」
「気持ち良さそうだな」

 灰崎の声とくちゅ、という水音だけが黄瀬の聴覚を支配する。





 最初はただの興味だった。一度くらい抱かれる側を体験してみてもいいか、なんて軽い気持ちで。

 灰崎は乱暴で激しく、それでいてどこか優しかった。
 あっという間に快楽に溺れて、そして抱いてはいけない感情を抱いた。何かの間違いだと思おうとする度に想いは増した。

 傍にいても文句は言われなかったし、むしろ特別であるかのように接した。
 だから、気づかなかった。いや、目を逸らしていたのかもしれない。

 ――すべて勘違いだなんて。

 灰崎の近くには、必ず女がいた。それは見る度に違った人だったけれど。
 同じ人を見ることは滅多になかったから、自分の方が大切にされていると思っていた。

「ねぇ、ショウゴ、キスしてよ」
「ん?あぁ」

 そんな場面を目撃したのは学校の廊下。相手は例によって見たこともない女だった。

 キス……すんのかよ……。

 今まで一度たりとも、抱かれている時でさえ、キスされたことはなくて。
 その時に気づいた。

 自分の代わりはいくらでもいる。自分はただの消耗品なのだと。

「ん、ぁ…ショウゴ、くん…キス、して……」
「あー、今度な」

 何度も頼んでみた。あの女のようにじっと見つめたり、行為の最中に喘ぎながら言ってみたり。
 それでも唇が合わせられることはなかった。

 自分は灰崎の“特別”じゃない。そう気づいたところで、気持ちが治まるわけもない。
 傍にいられなくなることが、何より嫌だった。





 いつのまにか後孔には指が入れられ、中を掻き回されていた。

「あ…っ!ん…ぅ、ゃあ…ッ」
「考え事してんじゃねーよ」
「ちが…っ、あッ、ふぁ…」

 指は的確に弱いところを狙い、黄瀬をぐちゃぐちゃに乱していく。

「は…ッ、ゃ、もう……イッ…」
 熱が吐き出される寸前、灰崎は黄瀬の根元をギュッと締め付けた。

「ダメに決まってんだろ?」
「や…ッ、なん、で……ッ」

 せき止められた熱が体内で暴れる。

「お前ばっか気持ち良くなってんじゃねーよ」

 ベルトを外す音と、衣擦れの音、そのあとに充分に猛った灰崎の性器が、後孔に宛がわれる。

「……っ」

 慣れた痛みに、そのあとの快感を期待して後孔が締まった。

「力抜け」

 短い言葉と共に押し入ってきたそれは、途中で動きを止めると、そのまま一気に貫いた。

「ひぁ…ッ、ぁ、ぁああ……ッ!!」

 びくん、と腰を揺らして、黄瀬は熱を吐き出した。一度せき止められたせいか、射精感が長く続く。
 その間も、灰崎は動きを止めることはなく、がつがつと腰を打ち付けていた。

「ふ…ぁ、やっ…、熱い…っ、ショーゴ、くん…ッ!」
「ふ…っ、淫乱…」

 くくっと笑う灰崎の声も耳に入っていないかのように、黄瀬は甘い声をあげ続けた。

「あ、あぁ…っ、きもちぃ……、もっと…っ…」
「お望みどおりに…っ」

 もっと、とねだる黄瀬に、一際大きく腰を打ち付けると、黄瀬は三度目の精を吐き出した。
 程なく灰崎のものが脈打ち、黄瀬の中に注がれる。

「ショウゴく…、ね、キス…して…」

 熱いもので満たされながら、黄瀬はうわごとのように呟く。
 期待はしていなかった。でも。

「……ん」

 少し迷うそぶりを見せてから、灰崎は黄瀬に唇を重ねた。

「……」

 唇はすぐに離れ、黄瀬から身体も離して背を向ける。それは、いつもと変わらない。


 立ち去る灰崎を、黄瀬は虚ろに見送った。


欲しいのはそれじゃない


(あんたが好きなんだ)





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