曰く、月が綺麗だと



 I love you―。

 それを訳したら「愛してる」、それだけで済むはずだ。
 ただ、それだけなのに「月が綺麗ですね」と訳した人がいると、昔テツから聞いたことがある。

『なんだソレ。ハッキリ言えばいいだろ』
『その人曰く、日本人はそんな直接的にものを言わない、と。今みたいに、思ったことをそのまま口にできる時代じゃなかったんですよ』

 めんどくせぇ時代もあったもんだと思ったことを覚えている。
 好きなら好きでいいじゃねぇか。



 それは決まって、金曜の夜―。

 誠凜に負けてから、前みたいにストリートでバスケすることが増えた。
 したい時にしたいようにプレーする。それは気持ち良くて、何の意地を張っていたのか、バカらしく思えた。

「やっぱいた。相手しろよ!」

 たいてい同じ時間に現れて、屈託なく笑うそいつはオレを負かした張本人で。
 あれだけ敵意むきだしだったのを忘れたように、楽しげに勝負を挑んでくる。

 結果は決まってオレの勝ち。

 膝に手をついて息を整えるのを横目に、ボールを指で回す。

「お前さ、どうやってオレに勝ったわけ?」

 負けたのを認めてないわけじゃない。ただ、聞いてみたくなっただけだ。

「そりゃ…、黒子とか、先輩達がいたから…だろ…っ」

 整わない息でそう返す。

 …また得意のチームプレーとでも言うのか。
 顔が歪むのがわかった。

 チッ…。

 舌打ちして回していたボールを放れば、シュッと小気味よい音をたててネットが揺れる。

 こんなにも腹がたつのは、きっとうらやましいからだ。
 オレがなくしてしまったものを大事に抱えて、目の前に現れたこいつが。

 そして、同時に気がつく。
 こいつに慕われる先輩達やら、相棒と呼ばれるテツに嫉妬していることに。
 オレを必死に追って来ればいいのに。
 自覚した感情に戸惑う。

「おい、火神」
「あ?なんだよ」

 顔を上げた火神を引き寄せてキスしてみる。

「…っ!?」

 当然のように固まる火神。
 構わずにキスし続ければ、やがてオレに身を委ねた。
 いいのかよ、付け上がるぞ。

「…っ、ん…ぅ…」

 舌をいれても抵抗しない。
 嫌じゃねーの?オレに…男にキスされてんのに。なんでそんな気持ち良さそうなんだよ。

「…っは…」

 唇を離せば、少し潤んだ瞳がオレを見た。

「…青峰、なんで」
「なぁ、火神」

 何か言いかけた火神を遮るように口を開く。

「……月が綺麗デスネ」
「……は?」

 ほら見ろ、テツ。通じねーだろうが。

 オレの言葉のせいか、上を見上げた火神につられて空を見る。
 いつもより低いような気がする位置で、大きな満月が輝いていた。
 オレの言葉も、あながち間違っちゃいなかったらしい。

「…ふぅ」

 火神が深く息をついた。

「青峰、……死んでもいいぜ」
「……は?」

 今度はオレがさっきの火神のセリフを繰り返すことになった。
 少し考えて、テツとの会話が頭ん中に蘇る。

『そういえば、死んでもいいと訳した人もいるんですよ』
『もっと意味わかんねぇよ』

 火神にオレの言葉が伝わったなら。テツが同じことをこいつに教えてたなら。
 今の火神の言葉は―、

 I love you

 そう受け取ってもいいんだよな?


「好きだ、火神」
「オレもだよ」


曰く、月が綺麗だと


(そう言ったの誰だっけ?)(ナツメソーセキだろ)(なんで知ってんだよ)(黒子に聞いた)





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