脳が正常に働くために


研磨生誕祝


 その隣にはいつも女の子がいて、しかも頻繁に変わって。「彼女?」って聞くと、その度に「まあな」ってニヤッと笑うんだ。それがひどく気に入らなかった。

「黒尾ー、彼女が待ってるぞー」
「おー、今行く」

 練習が終わる頃に彼女が体育館に来るのも、もう皆慣れっこになっていて、たいてい夜久さんがクロを呼ぶ。今日もまた、手を繋ぎながら帰るんだろう。
 今日くらい彼女と帰らなくたっていいのに。クロは今日が何の日かなんて忘れちゃったのかな…。
 体育館入口で楽しそうに笑う二人から目を逸らして、いつもより片付けに身を入れた。





 脳裏に焼き付いた二人の姿を忘れようと、イヤホンで耳を塞いでゲーム画面を見つめる。
 わざと遅く出たのに目の前を歩いていた二人。クロと新しい彼女。どうせまたすぐ変わるんだろうけど。
 どれだけゲームに没頭しても頭の片隅をちらついて、それを掻き消そうと指を動かす。
 だから気づかなかった。バン!と大きな音をたてて開いたドアにも、我が物顔で入ってきたクロにも。

「研磨」

 イヤホンを勢いよく耳から引き抜かれ、低く名前を呼ぶクロの声に気づく。セーブして顔を上げると、クロの機嫌は悪いように見えた。

「俺が入ってきても気づかないってゲームに夢中すぎるんじゃねえの」
「だって…」

 クロが悪いんだ。俺の目の前で彼女と帰るし。クロは俺の幼なじみなのに。

「クロ、何?」
「用がないと来ちゃいけないのかよ」
「そんなこと言ってないし…」

 やっぱり機嫌悪い。なんか怒ってるみたい。彼女と喧嘩でもしたとか。それなら嬉しいなんて思ったらクロもっと怒るかな。

「これ、親がお前に持ってけって」

 ふいに目の前に差し出された箱を受け取る。甘い香りが漂った。

「ケーキ?」
「誕生日オメデトウ」

 ぶっきらぼうに言い放たれたそれはお祝いのようには聞こえなかったけど。

「それだけ。じゃーな」

 おそらく入ってきた時と同じようにフラッと出ていくクロの手首をとっさに掴んだ。歩みが止まる。

「何だよ」
「…行っちゃヤダ……」

 俺の誕生日祝ってくれるんじゃないの。明日になったらまた彼女優先するんでしょ。今日くらい俺といて。

「何で」

 クロの意地悪な視線が俺に突き刺さる。
 何で。何で俺はクロといたいのか。何でクロと彼女が一緒にいるのが嫌なのか。わかんない。わかんないよ。

「研磨、答えろ」

 いつのまにかクロは覗き込むように俺と目線を合わせていて催促する。その瞳に導かれるかのように、答えがこぼれ落ちた。

「好き、だから…」

 口をついて出たその言葉に自分で驚く。そっか、俺はクロが好きなのか。だから彼女といるの見たくなかったんだ。一度納得してしまえば、絡まっていたあれやこれがするすると解けていく。
 クロは一瞬目を丸くして、すぐに口元が弧を描いた。

「やっとかよ」
「え?」
「何のために彼女作ってお前に見せてたと思ってるんだ」

 どうやらクロは自分でも気づいてなかった俺の気持ちを知ってたみたいで。わざと彼女を見せ付けてたみたいで。つまりそれは。

「クロも俺が好きってこと?」
「気づくの遅えよ」
「わかりにくい」
「うるせえ、効果あったろ」

 彼女の姿を見る度にもやもやしてたわけで、その通りだから反論できない。
 そのうちクロは俺を引き寄せて腕の中に閉じ込めた。クロの匂いがふわっと広がる。

「ねえ、彼女はどうするの」
「このあと別れてくる」
「クロ性格悪い…」
「知ってる。なあ研磨」
「ん?」

 誕生日おめでとう。同じ言葉なのに今度は優しくて。耳元で囁いてニヤッと笑うクロは、なぜかいつもより輝いて見えた。




脳が正常に働くために


(何で機嫌悪かったの?)(お前が鈍すぎるからだろ)






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