名前を呼んで
「またね、翔陽」
研磨が迷子になってから数時間、合宿所に戻ってからも、別れ際の光景が頭から離れずにいた。
出会ったばかりの人と親しくなって名前で呼ぶなんて、今までなかった。
ガキの頃から一緒にいた俺でさえ、名前で呼ばれたことは一度もない。“幼なじみ”から“恋人”に変化した今でも。
「おい、研磨。昼間の子、なんなんだよ」
「え…?翔陽だよ」
「名前聞いてんじゃねえよ」
わざとなのか天然なのか、俺が欲する答えからはズレた答え。かと言って、なんて答えてほしかったのかは自分でもわからないが。
「烏野の…バレー部…」
「え?」
「翔陽の、Tシャツ。烏野って書いてた」
そうだったのか。気づかなかった。ずいぶん小さかったしリベロか…?
それを聞いたからといって、妙な苛立ちが治まるわけじゃなかった。
「ずいぶん気に入ってたみたいじゃねえか」
「別に…」
別に、なんて研磨はそればかり口にする。でも今回は嘘だ。あの時の表情が、それを物語っていた。
部屋では山本が騒いでいる。
烏野に女マネがいるかどうかなんて、よくもまあそこまで盛り上がれるもんだ。
「その時は覚悟しとけよ烏野ーッ」
「山本うるせえ!!」
窓の外に叫ぶ山本を怒鳴りつける。
すると、山本は研磨にふった。
「おい、研磨はどっちだと思う!?」
「別に…どっちでもいい…」
「ケッ、言うと思った!」
「でもちょっと楽しみだよね、烏野と試合」
部屋中に衝撃が走る。研磨が試合を楽しみにしてるなんて、滅多にないことだ。
これも昼間のチビの影響なのか…。
治まっていた苛立ちが、また燻るのがわかった。
みんなが寝静まった部屋で、ちらっと隣の布団を見ると、布団の中から小さく明かりが漏れている。
「研磨。早く寝ろ」
「だって眠れないし…」
「…ちょっと外出ようぜ」
連れ立って廊下に出る。当然のごとく誰もいなくて、非常口を示すライトだけが不気味に光っていた。
「クロ、何…?」
「お前、試合楽しみなんだって?」
「ちょっとだけだよ…」
「それって、あの翔陽ってチビの影響?」
「え……」
じっと研磨の目を覗き込めば、すぐに逸らされた。
「別に……」
「仲良さそうに名前まで呼んで」
「だって」
「オレのことは呼ばないのにな」
言葉が止まらない。
研磨の瞳が揺れる。困惑したようにも、怯えているようにも見える。
「クロ…」
「俺のことは名前で呼ばねえの?」
「だって、クロはクロだし…」
近づけば、その分離れる。研磨の手首を掴めば、その動きは止まった。
「研磨」
「…て、鉄郎…?」
「おう。呼べるじゃん」
ニッと笑ってみせると、研磨は顔を赤らめる。
「変な感じ…」
「俺も」
小さい頃からの呼び名が、名前呼びになった。それは嬉しさと共に、違和感をもたらした。
掴んでいた手首を引き寄せ、唇を重ねる。
誰もいない暗い廊下に、二人の吐息と、舌を絡める音が響いた。
「ん…、ふ…クロぉ……」
唇を離せば、とろんとした目で見上げてくる。その目に吸い寄せられるようにもう一度唇を重ね、夢中で貪った。
「…んん…っ」
「ん、はぁ……んぅ…」
男の身体は本当に素直だ。硬くなったそれを腰に押し付けると、研磨はさらに顔を赤くして俯いた。
耳を食みながらジャージ越しに研磨の性器に触れると、わかりやすく腰が揺れる。
「ここでするの…?嫌だよ…」
「今やめるのも嫌だろ?」
「だって…」
研磨はちらっと皆が寝てる部屋の扉に目を向けた。
「大丈夫、声出すなよ」
Tシャツの裾から手を入れ、胸の突起を指で転がす。次第にぷっくりと膨らんできた。
「ぁ…クロ…っ」
キスの時から呼び方が戻っているのには気づいていたが、むしろこっちのほうが心地好い。
自分で呼べって言っておいて勝手な話だけど。
ジャージの中に手を差し入れて、直に性器に触れると、その膨らみは質量を増した。
ゆるゆると扱けば、先走りが零れはじめる。
「あっ、ゃ……あ、う…」
先端をひっかくと、必死で声を堪える研磨は、口元を手で押さえてふるふると震える。
「も…やめ、クロ……っ」
「可愛いぜ、研磨」
「あ…ぅ…や、あぁっ…!!」
ドクンと脈打ち、吐き出された熱を指に絡めて、後孔に手を伸ばす。ぬめりの力を借りて指を埋めると、きゅっと締まった。
「…っ、は……あっ…」
中を掻き回すように指を動かし、知り尽くした研磨が悦ぶところを何度も刺激する。
十分に解してから指を引き抜き、自分の熱を宛がった。
少しずつ、研磨の中を奥まで満たしていく。
「クロ……ク、ロ…っ!」
研磨の声に煽られるように中を突き上げる。
「あっ、あ……!ふぁ…んぅ…」
廊下に響く声を抑えようと、唇を塞ぐ。研磨の声が聞けないのは残念だけどな。
研磨がもう一度達するのと、俺が熱を注ぐのは、ほぼ同時だった。
ぐったりともたれ掛かる研磨から自分のモノを引き抜く。
「クロ…最初からする気だったでしょ…」
「あ、ばれたか」
「明日体力もたなかったらクロのせいだ」
「ほら、寝るぞ」
文句を言い続ける研磨の髪にキスをして、部屋に戻った。
名前を呼んで(やっぱクロでいいわ)(自分で言ったくせに…)(そうだけど結局クロって呼んだだろ)