とある特別な幸せ


花巻生誕祝

 正直、期待してなかったと言えば嘘になる。付き合って三ヶ月を過ぎたし、今日は俺の誕生日だから。

「花、おめでとう」
「サンキュ」

 確かに松は祝ってくれた。おめでとうって言ってプレゼントもくれた。でもさ、それ部員みんなでくれたやつデショ。及川あたりが言い出したのわかってる。個人的に何かくれるとか、今日一日好きにしていいとか、そういうのないワケ?

「後者が本音だろ」
「あ、バレた?」
「バレないと思ったのか」
「もちろんバレると思ってた」

 そう言えば、大きく息をついて思案顔になる。

「ちなみに何を要求する気だよ?」
「何って…ナニ?」
「言うと思った」

 そこはホラ、健全な男子高校生ならお約束ってやつデショ。まあ俺は松からキスしてくれるとか、その程度でも充分嬉しいんだケド。

「わかった。いいよ」
「え?」
「だから、今日一日お前の言うこと聞くわ」

 さすが松、じゃあ遠慮なく。

「今日の昼飯、屋上な」
「…おう」





 よく晴れた空、誰もいない屋上。いちゃつくにはちょうどいい。でも。

「寒っ!!」

 浮かれすぎて忘れていた。今は冬で屋上も雪が積もっていることを。

「なあ、本当にここで食うのか?」
「無理…」
「だよな」

 結局、屋上への入り口前で食べることにした。人通りがほとんどないのは変わらない。扉の外とは打って変わって薄暗いそこで、弁当箱を開いた。

「ソレちょーだい」

 おかずの唐揚げを指さして口を開けると、すぐに唐揚げが突っ込まれる。一口には大きすぎるそれを咀嚼して飲み込むのにも、大して時間はかからない。当然、弁当箱の中身が空っぽになるのはあっという間だった。

「一静、」

 特に何をするわけでもなく、壁にもたれて名前を呼べば、同じように壁にもたれた松から「おう」と返事がくる。

「一静、好き」
「おっ…前、何だよ突然」

 弾かれたように壁から背を起こす様子を見てると、なぜか満ち足りた気分になった。

「別に。今日松ん家行きたい」
「別にってな…まあいいケド」

 理由なんてないんだ。突然言いたくなっただけ。ナントカ様って女優の話し方を真似てもう一度「別に」。今度は笑いが込み上げてきて二人で笑った。





 松の部屋が好きだ。松の匂いがする。そう言ったら当たり前だろって笑われたケド。

「んー、松の匂い」

 来る度に思うんだよネ。松の匂いに包まれてるって。

「またそれか。当たり前」
「いいの」
「ふーん…飲み物何がいい?」
「そんなんいいよ」

 立ち上がろうとした松の腕を引っ張って組み敷く。目が合った。

「がっつくなよ」
「健全だからサ」

 顔を寄せると静かに息を吐いて目を閉じた。行為の前のこの顔が、色っぽくて好きだ。
 唇を合わせて離して、首にも口づけて離して、次は鎖骨。順番にキスを落としていると、松が囁いた。

「花、おめでとう。…好きだ」

 心臓が止まったかと思った。



とある特別な幸せ


(あとでシュークリーム食べようぜ)(おう)






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