公爵の策略 魔女の陰謀(本編) | ナノ

- 序章 -  
 家が没落した。
 赤黒い蝋の上に、重々しい家紋が借用印として捺されている何枚もの羊皮紙。財産の成れの果てである。いつ見ても溜め息と虚しさを呼び起こすそれは、つまり借金の借用書で、何とか質入れを免れて居る"歴史"だけが詰まった無駄に広い屋敷は、内装が随分と質素になった。来月分の返済金が工面出来なければ、おさらばだ。笑えない。
 始まりは叔父が娼館の娘に手を出した事だった。壮年手前の本人からしてみれば、ちょっとした火遊びのつもりだったのだろう。だが次第に、叔父は足繁く夜の街へ通う様になった。金と地位を持つ男が取った行動の結果は見えて居た。終いには自分の屋敷に囲ったのだ。
 長年連れ添った叔母と、その子供たちは親権と共に去った。今思えば叔母は正しい選択をしたな、と思う。
 叔父は娼館の娘に…親子ほどに歳の離れた若い娘が欲しいと言うものは何だって買い与えた。それは娼館に通っていた頃からも同じで、いつしか高利貸しに手を出した。父が、叔父の所へ何度も止めるようにと説得しに行ったが結局は無駄だった。
 そして、そんな中で娘が叔父の屋敷からある日姿を消す。叔父は次に酒に溺れるようになり半月もしない内にとうとう、屋敷の三階のバルコニーから飛び降りた。
 死体は酷い有り様だったと言う。目は真っ赤に充血して落ち窪(くぼ)み首の骨が折れていたそうだ。その後、叔父の書斎から麻薬が見つかった。消えた娼館の娘と高利貸しの男が繋がっていたと言う事もわかった。
 だが、まだその時はクロイツェル家没落は免れる状況だった。叔父が父の承諾も相談も無く、自分の兄を勝手に借金の保証人にしていたとしても。そして父が先祖代々受け継いで来た財産のかなりを借金返済に当てたとしても。
 しかしそれだけでは済まなかった。
 クロイツェル家は伯爵家でありながら長い事、小作人を雇って酒造りをしていた。王室にも入る酒を造っていたのだがその年の酒蔵で腐造が出た。
 つまり、酒蔵一つ分の大量の酒が売り物にならなくなったのだ。
 それが決定打となった。それまで上手くやっていた酒造りでの失敗。酒造りで腐造を二年続けて出すとどんなに資金があっても作り手は潰れると言われている。
 そして、その悪夢が現実となった。
 自分に出来る事は何だってした。
 父と亡き母が誉めてくれた長い金の髪は短く切って鬘(かつら)屋に売ったし、もともとあまり好きでは無かった社交界の為のドレスも全て売った。宝石類もなるべく高値で買い取って貰った。手元に残ったのは、母の形見の指輪と譲ってくれた喪服のような純黒のドレスが一枚。
 それだけで良い。
 叔父の借金はまだ返済しきれていない。
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