公爵の策略 魔女の陰謀(本編) | ナノ

その赤、旋風につき 11
 セフィルドの馬車で、屋敷まで送ってもらったリゼはトルキンさんが淹れてくれた紅茶で一息ついた。
「ああ、そうだリゼ。さっきラベ「リッゼー!! お帰り! あたしの天使!!」ンナ君が来たよ」
「…そうみたいね」
 居間のドアを、これでもかと言う程に勢い良く開け放って現れたのは赤毛の少女だ。
 不浄を清める烈火の様に赤く波打つ髪と、エメラルドグリーンの瞳。量の多い髪は黒い三角帽子の下で鮮やかさが際立っている。
「久しぶり! 元気にしてた?」
 先刻、サーカスのテントの屋根に居た彼女である。
 リゼと同い年の彼女の名前はラベンナ。《始まりの炎(ほむら)の丘》の魔血統、ライラック家の魔女だ。
 ラベンナが着ている服は、リゼと同じ様に喪服かと見誤るほど黒かった。
 けれど、レースやリボンが多様されたそのドレスの裾はガーターが見えるほど短く、編み上げの黒いブーツが丸見えだった。
 リゼはこの格好をよく知っている。
 若い頃の魔女の"仕事用"正装だ。装飾に違いはあれども、リゼも似たようなのを持っている。
 ラベンナは普段着より、"こっちの方が可愛いから"と言う理由でいつもこの服を着ていた。
 一直線にリゼに飛び付き、太陽の様に晴れやかな笑顔を浮かべたラベンナは、リゼの親友だった。
「ちょっ苦し…わかったからラベンナ…離れて」
 熱烈な包容にリゼの首が締まる。
「あ、ごめん! それにしても、どれくらいぶりかな? 一年ぶり?」
「一年と二カ月ぶりよ。いきなりどうしたの?」
 二年と二カ月前にラベンナは自称、修行の旅に出た筈である。
「"どうしたの"だって! リゼったらお馬鹿さんだなぁもう! あんたが婚約しただなんて手紙を寄越したから、この惑星(ほし)の裏側から箒に乗って飛んで来たんじゃない」
 確かに出した。婚約が決まって数日後の事である。
「それであたし「ストップ! 部屋でゆっくり話しましょう」
 リゼは、その手紙に様々な事を書き綴った。この流れから行くと彼女は、アダムスも知らない事に触れるのではないか。年頃の性(さが)である。
「良いわよ、って訳でアダムスおじ様。あたし二階(うえ)に行ってきます」
「ああ、ゆっくりしておいで」
 暖かい陽の射す窓辺で丸まっていたヴィッツが、大きく欠伸をした。

  □ □ □

「でさぁ、本題から言うと。リゼ、婚約なんてやめときなさい。結婚は人生の墓場だって言うわよ」
「そうね」
「でしょ?! だから…え。やめるの? しないの? 結婚」
「可能性は、小指の先の爪ほども無いわね」
「嘘! 本当に?! あたし、リゼがその気かと思って来たのに」
 温室の部屋の寝台にうつ伏せになり、脚をばたつかせるラベンナにリゼは苦笑した。
「私が結婚すると思った?」
「うん! だってあんた真面目だからそう言うことは周りに流されたりしないでしょ。本気かと」
なーんだ。呟いて三角帽子を脱いだラベンナは勢い良く親指を人差し指で弾く。人差し指の先から僅かに光の屑が零れる。
 空中に現れたのは二つのチョコレートパフェだ。ラベンナはそれを手にし、リゼが腰掛けるソファーにまでやって来る。
「はいリゼ。この間お店で食べたやつ。美味しいわよ」
「ありがとう」
 長いスプーンを出し、ラベンナとリゼは二人で、ウエハウスや半月形に切られたメロンなどの果物が盛られたパフェをつつく。
「美味しい!」
「でしょ? このカスタードと生クリームがたまらん…で、婚約した公爵ってどんな奴?」
 公爵。どんな人だろう。リゼは思わず手を止める。自分にとって彼がどんな存在か、その様な事、リゼは考えた事が無かった。
「…お金持ち、かな」
 違う。そんな事はどうでも良い。そんな事で、個々人の人間性は測れ無い。
「うん」
「ドレスや家具とか、事業資金とかくれたり」
 自分にとって。"彼"は?
「うん」
「あとは背が高くて金髪で碧眼で」
 ラベンナは薄いうさぎ形に切られた林檎を一口で食べた。
「へぇ…美形?」
「多分」
「うっわぁ…胡散臭いまでに条件揃ってんじゃん」
「でもたまに言うことが恥ずかしい」
「気障か。サーカスに居た赤銅の髪は誰?」
「ロパスよ。ロパス・トゥーダ・エリクソン公爵、セフィルドの親友」
「なる程ね…その公爵も、わざわざリゼに惚れなくたって良いのにね。あんた、いつかは独り立ちするんでしょ?」
「目標ではあるけれど」
「それで、アダムスおじ様はリゼが婚約破棄を目指してる事は知らない、と」
「その通り。その事でラベンナ…相談があるの」
「ん? 良いわよ。このラベンナ様に何だって言ってみなさい。可愛いリゼの為なら何だって力になるわよ」
 ラベンナはどーんと胸を叩いた。
「"魔法の香水瓶"ってあるじゃない?」
「願い事を叶えるアレね」
「そう…アンセルから本を買ったら、セフィルドの願い事を叶える香水瓶にね、私がなる事を代価に取られたの」
「あの年齢不詳の喰えない男め…余計な事を」
「それで、私は願い事を本人に訊けないからラベンナ、貴女が私の代わりに」
「オーケイ! 任せなさい! バッチリ訊き出してあげる」
「助かるわ」
 《一里塚》の店主であるアンセルは代価の"未払い"を絶対に認めない。
 代価を踏み倒そうものならどんな罰があることか。小耳に挟む噂にはろくなものが無い。
「で、公爵って何処に居るの?」
「今日はもう御屋敷に帰られたと思う」
「じゃあ明日から行動開始ね。あっ! あたし暫くここに居るから」
「改めて言わなくても、貴女は屋敷の一員でしょ」
 一時的ではあったが、ラベンナは昔、リゼ達と一緒に暮らしていたのだ。
「うんっ! ただいまリゼ」
「お帰りラベンナ。貴女の部屋も昔のままよ?」
 少女達の再会を祝福するかの様に、温室の透明な天井から澄んだ青空に、白雲が穏やかに流れていた。

  □ □ □

「リゼ! 今こそ、あたしが立ち上がる時が来たわ! 公爵閣下サマからお手紙よ」
 伯爵邸の門前に使用人らしき人を見たラベンナは、勢いよく駆け出した。帰って来た彼女の手にはローズヴェル家の赤黒い鑞印で封がされた白封筒があった。
「なんて書いてあるの?」
 居間のソファーで読書をしていたリゼは、ラベンナから手紙を受け取るとペーパーナイフで丁寧に封を切っていく。
「----…んーと、お昼過ぎに来るって」
「来たわね!」
 得意気にラベンナは指を鳴らす。
「あたしの出番だわ」
 いつもと変わらない、言葉の端々に気配りが感じられる文面。流れるような筆跡が彼らしかった。
「さぁてと、だったらリゼ! 本なんて読んでる場合じゃ無いわよ。標的が乗り込んで来るんだから、とびきり素敵にお洒落をしなきゃ」
「え、別にこのままでも」
「駄目よ! あんなに沢山普段着のドレスがあるならここは一つ、公爵を悩殺するくらいしなきゃ! ふふっ、腕が鳴るわね」
 リゼの知る限り、コーディネートの趣味の良さに関して、このお洒落好きな親友の右に出る者はいない。
「だからと言って気合いを入れすぎるのは駄目ね。さり気なく、可憐で清楚で! 愛らしく!」
「…"普通"を忘れないでね」
「まっかせといて!」
 不安だ。

  □ □ □

「これだけの数のドレスを平気な顔して贈ってくるなんて流石、公爵家サマ様だわ〜」
 ほらこっちのドレスを着てみろ。次はこのパールピンクのドレスを。
 髪飾りはレースを絞って咲かせた薔薇が良いかしら、それともスカーフで結ってみる? ラベンナの質問攻めは底を知らない。
「…黒いドレスで良いじゃない」
「こう言う時は、相手が贈ってくれたものが良いのよ。ほら、じっとして」
 鏡台の前に座ったリゼの髪に、ラベンナはゆっくりと櫛を通していく。
「あんたの髪は淡い金だから、少し派手な方が良いわね…よし!髪はアップにしよう。首のラインが綺麗に見えるわ」
 結局、ラベンナが選んだのはクリームイエローのドレスだった。
「昼間だから胸元が見えるのはダメ。首まで襟があっても、レースが繊細だから華やかさは欠けない…ふっ! 完璧!! 惚れちゃう! 惚れたら許さないけど!」
 鏡越しに自分の頬に手を当て、饒舌にうっとりと笑う彼女は頗る満足そうだ。
「ポイントは胸元のリボンかしら。髪はパールピンクのレースで…やっだ! 何この可愛い生き物!」
「……」
 軽く二時間はラベンナの言葉のままに着脱を繰り返した。体力勝負だ。
「あんた資本が良いからコーディネートし易いのよね。さて、そろそろお昼にしましょ。お腹が空いたわ」
「ラベンナも何か着たら? 好きなのあげるから」
「あたしは膝上ドレスじゃないと着ないって決めてるの、舞踏会は別だけど。それに、誰かにドレスを着せるのが好きなのよ」
 鼻歌混じりで食堂の方へと向かうラベンナは、茶目っ気たっぷりにウインクを飛ばす。
「リゼ、これで公爵の悩殺は確実よ。賭けても良いわ」

  □ □ □

 時間通り、伯爵邸にやって来たセフィルドとロパスを客間に通して、トルキンが紅茶を運ぶ。
「今日もお美しい」
セフィルの言葉にラベンナがガッツポーズを決めた。ラベンナはコーディネートの腕に自信を持って居る。
 しかし。
 セフィルドはリゼの手を取って、その甲に口付けた。
「連れ去ってしまいたい」
「……」
 リゼは絶句する。
「ちょっとアンタ!! 今すぐ、あたしのリゼから離れなさい!!」
「"あたしのリゼ"?」
 セフィルドが訝しげに繰り返した。ぐいっと二人を引き離し、リゼを自分の背中に隠したラベンナが野良犬にする様にセフィルドにシッシッと手を振る。
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