公爵の策略 魔女の陰謀(本編) | ナノ

隊長と魔女と怪盗 10
「さっきまで居たのに…」
 リゼの視線の先、日傘をさした貴族の令嬢らしい三人に囲まれているロパスが居た。若干焦っている様に見える。
「おや、見事に捕まってますね」
 此方に気付いたロパスが目で"助けて"とセフィルドに訴えているのが彼女には解った。しかし、親友の救援信号を受け取ったセフィルドはひらりと手を振る。抜ける様な笑顔で、ただ手を振るだけである。
「さてと、行きましょうか」
「え? あの…行かなくて良いんですか」
「良いんですよ。私には貴女が居ますから」
 またそう言う事を。
 リゼの視線は迷子になる。
「ロパスは女性の撒き方を身に付けるべきだ。実地訓練です」
 これも友を思う故なのか。面白がって居る様に見えるのはリゼの気の所為だろうか。
 そうして二人はチケットを買って、テントの中へ入った。

  □ □ □

 テントの中は薄暗く、カンテラの灯りが幾つもさげられていた。観客席はすり鉢状になっていて、中央が舞台だ。一番下の観客席はすぐ目の前が舞台で、演技を直ぐ間近で観れる様になっている。
「本日は、我が《栗鼠と胡桃一座》にご来場、誠にありがとうございます! 束の間の夢をどうぞお楽しみ下さい!」
 座長だろう、高帽子(シルクハット)を被った男が声を張り上げ、照明に照らされた場所で満面の笑みを浮かべ頭を下げた。
 次々に披露される演目が笑いの渦を作り出す。
 火のフープを勢いよく潜り抜ける虎や三輪車に乗る猿、子供の手から長い鼻で林檎を食べる象。道化師のパントマイムに、座長のマジック。
 鼓笛が空気を震わせて歓声と拍手が場を埋める。
 リゼは、すぐ隣に座るセフィルドに話し掛けるのさえ、耳元で言わなければ聞き取れぬ程だった。
「すごいですね!」
 セフィルドは、リゼの言葉に大きく頷くと戯(おど)けた様子で道化師のパントマイムを真似してみせた。それを見てリゼが小さく吹き出す。
 どうしよう、何だかすごく楽しい。
「続きましてメインディッシュの空中ブランコ!! 上をご覧下さい! 我等の花形! ブランコ乗りのマッド!」
 マッド(イカれ屋)だなんて、ある意味すごい芸名だ。余程、芸に自信が無ければ名乗れない。
「見えない翼を持つ男は不可能と言われ続けた四回転を華麗に決める事が出来るのか!」
 万が一の時の為にと、張られたネットが揺れる。
 それまでとは打って変わって、テントの中は静まり返った。観客の、ゴクリと鳴る喉の音が聞こえそうな程である。
 全ての視線を一身に集めて、マッドはブランコのバーを握る。
----そして
 手に汗握る何秒か、成功を祈った観客の、割れんばかりの拍手が起こる。高く響く指笛、お辞儀をして下へ手を振るマッドに、手を振り返す観客達。
 四回転、彼は飛んだのだ。
「今一度、マッドに盛大な拍手を!!」
 客の誰かが、"《栗鼠と胡桃一座》万歳!!"と叫んだ。

  □ □ □

 テントの外に足を踏み出すと、新鮮な空気が肺を洗う様だった。
 ロパスを捜して屋台で軽食でも摂(と)ろうと言ったセフィルドに、リゼは頷いて薄紫色の髪を捜す。けれど、いくらも歩かない内にセフィルドの高帽子が消えた。
「キキッ」
「おや、困った小猿さんだ」
 小さな身体に合わせて採寸された道化師の衣装を着た黄金(こがね)色の毛の小猿が、セフィルドの高帽子を手にしていた。
「如何でしたかな? 私共のサーカスは」
 小猿が戻ったのは座長の肩の上だった。
「素敵過ぎて夢みたいでした!」
「有り難いお言葉だ。お嬢さんの様な笑顔の為に私共は居るんですよ」
 小猿は忙(せわ)しなく、座長の肩を左右に行き来している。
「ほら、遊びはそこまでにしてお客様に高帽子を返しなさい、ビビ」
 ビビと呼ばれた小猿は大きすぎる高帽子を被って姿がすっぽりと隠れていた。
 まるで、座長の肩に高帽子が乗っているかの様である。
「構いませんよ。随分とその帽子が気に入った様だ。差し上げます」
 セフィルドは物に執着しない性質(たち)なのだろうか、とリゼは思った。高帽子は紳士の必須アイテムであるのに。
「良かったな、ビビ」
「ビビって可愛いですね」
「お嬢さんこそ素敵な猫を」
「素敵だってさ! ヴィッツ」
 ヴィッツとビビが、心無しか互いに胸を張った気がした。
「それにしても、空中ブランコは見事なものでした」
「空中ブランコで、マッドに敵う奴は居やしませんよ。彼はサーカスの神様の申し子だ。マッドは赤ん坊の頃に一座に捨てられてましてね、ネットが揺り籠代わりだったんです」
 休憩時間だからと言って、少し離れた場所で子供達に懐かれているマッドを、座長は誇らしげに見た。
「では又いずれ、夢の国でお会い出来る事を願っております」
 高帽子のつばを僅かに持ち上げれば、ビビも同じ様に帽子を上げてみせた。
気さくに客達に話し掛け回る座長の背は、リゼには何だかとても大きなものに思えた。
「《陰の覇王》もあんな風に飛べるのかしら」
「え?」
「セフィルドはマッドと《陰の覇王》、どっちが身軽だと思います?」
「《陰の覇王》と、ですか? 私は噂の本人を見たことがありませんからどうとも…ですがブランコ乗りの方が上でしょう。相手は所詮、泥棒ですから」
「でも、《陰の覇王》は時計塔の天辺に、平気な顔で来るんですよ」
「…リゼ嬢は《陰の覇王》に会った事がおありで?」
 あ、口が滑った。だがしかし、時既に遅し。如何にしてこの苦境を脱するか。リゼは瞬時に弾き出す。
「噂ですよ! みんな言ってます!《陰の覇王》は時計塔が好きだって」
「そうなんですか?」
「そうそう」
 そう言う事にしておこう。かなり苦しい言い訳ではあるが。
「やあ、ロパス君」
「やあローズヴェルこうしゃく」
 再会を果たしたロパスの返事は棒読みだった。屋台の周りに出された色とりどりのパラソル付きの白いテーブルで、彼はむすりとパンケーキを食べている。
「拗ねてる?」
「べっつにー全然」
 紙皿の上にのるパンケーキを蜂蜜とマーガリンでベトベトに浸し、フォークで口に運ぶ。
「自棄食いは良くないよ」
 その自棄食いなるものも、背筋をきちんと伸ばして晩餐会の様に食べる辺り、育ちの良さが滲んでいる。
「誰の所為だろーな? セフィルド。どっかの誰かさんが親友を見捨てた所為だと俺は思うんだが」
「君を見捨てる様な奴はろくでなしだね」「お前だよ」
 この二人の言葉の応酬は不謹慎だが聞いていて飽きないとリゼは感じる。長年の付き合いは無敵だ。
「リゼ嬢も、何か食べませんか」
『クレープ』
 ヴィッツが囁いた言葉にリゼは小さく頷いた。
「クレープが…!?」
「「?」」
 嘘だ。何故"彼女"が此処に、この国に居る。有り得ない。けれども現実は煙では無い訳であり、
リゼの視線の先、セフィルドやロパスの背後に建つサーカスのテント。
 そのテントの上に。
 姿消しも使わずに堂々と、"彼女が居た。やりかねない。今まさにしている。
「いや、あのっ! ちょっと何でも無いです!」
「リゼ嬢落ち着いて」
 つくづくリゼは誤魔化すのが下手だなぁとセフィルドは思った。
「どうかしましたか?」
 首を捻る二人にリゼは笑顔を作る。
「ごめんなさい。何でもありません。私、クレープ買って来ます」
 この場から離れないとボロが出る。リゼは密かにもう一度テントの上にちらりと目をやる。
 其処には誰も居なかった。
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