公爵の策略 魔女の陰謀(本編) | ナノ

隊長と魔女と怪盗 9
 グレンは、懐から警備隊支給の黒革手帳を取り出す。
「まず奴は神出鬼没。平気な顔して屋根の上に飛び上がるし、正直こっちの体力負けな気がする」
「『警備隊の奴らは根性ナシ』と、」
「ヴィッツ、ちゃんと必要な事だけメモしなさい」
「仰せのままに」
「…あとは、あれだ。犯行は決まって時計塔の針が午前零時からジャスト一分間の間に起こる。予告状は王都巡回警備隊(うち)と、お宝がある家に一通ずつ届く。親切な事だよ全く。舞踏会とかなら主催者の所だな」
「なるほど、陛下は時計塔が好きなのね」 リゼは、白墨で黒板に"午前零時から一分間"、そして"予告状"と走り書いた。
「『陛下は時計塔』」
「違うわよヴィッツ」
「む」
 グレンがヴィッツの冊子を覗き込むと、かなりの悪筆で"陛下は時計塔(あのクソ野郎)"の文字が見えた。
(…"クソ野郎"?)
「続いてグレン」
「ああ…今までに狙われたのはご存知の通り、不正や汚職にまみれた政治家や貴族だ。ヘンリ卿とモーセ卿は疑獄、ゴッソ伯爵は脱税。ソフォルテ侯爵は商人と組んで市場の独占を狙ってた。カナールド男爵はサナシエ草の密売だ」
「…サナシエ草」
 リゼの背中に身に覚えのある恐怖が走る。麻薬だ。彼女はそれを、よく知っていた。リゼの叔父もサナシエ草を使ってバルコニーから飛び降りた。あの。
「どいつもこいつも真っ黒って訳さ。そして、不思議な事に全員俺達警備隊が睨んでた奴等だ」
「…内通者がいるって事かしら」
「可能性は捨てきれない…俺は居ないと信じたいけどな。犯行の時期はまちまちだな。数ヶ月以上も空いているのもあるし、かと思えば一週間経たない内に次のが起きているのもある」
 リゼは指の腹でチョークをくるくると回して書き連ねた文字を見詰めた。

----《陰の覇王》は何を考えている?
 本当に、宝石だとか金目のものを盗む事が彼の目的なのか?
 正義と犯罪をすり替えている泥棒に過ぎないのか?

「リゼ」
 呼ばれて思考が途切れる。
 顔を向ければグレンが大きな茶封筒を差し出していた。
「被害に遭った奴等の資料だ。一応渡して置く。無くさないでくれよな」
「解ったわ、ちゃんと管理します」
 その時、表に一台の馬車が停まったのをヴィッツが目敏く見付けた。
「リーゼー」
 庭へと続く大きな硝子戸に近付いたヴィッツが間延びした声でリゼを呼ぶ。
「公爵サマ二名ご案内」
「げっ」
 グレンが声を上げた。
「頼むから、この依頼は外部に漏らさないでくれ。上司から言われてるんだ」
 ヴィッツが、飲み終えた紅茶のカップを下げる為に部屋を出た。本物の給仕に見える。
「大丈夫、抜かりはありません。私だってあの二人に知られる心算は無いですから」
 小気味良くリゼの指が鳴る。黒板も、ヴィッツが書いていた冊子も忽(たちま)ち煙になって消えた。
 その早業にグレンが息を呑んだ時、
----クックドゥルルー!!!
(…鶏の鳴き声?)
どうやらこの屋敷のノッカー音らしい奇天烈な音が響いた。
「お客様に御座いますよ。お嬢様」
「ご機嫌如何ですか? リゼ嬢」
「来ちゃった」
 少しして、トルキンに案内されて客間に入って来たのはセフィルドと、何故か笑顔が引きつったロパスだった。
「ご機嫌いかがかな、リゼ嬢」
「恙無く」
「それは十全」
 何だろう。今日はいつにも増してセフィルドの笑顔が輝いている気が、リゼにはする。彼女はセフィルドを束の間、見詰める。
「おや、先客の方が…私達はお邪魔してしまったかな」
「滅相も御座いません!」
 忍び足で客間を出ようとしていたグレンがビクリと肩を揺らす。
「貴方は確か、トータス氏では? 巡警の一等隊を務める」
 そう言う貴方はローズヴェル公爵…とグレンは思った。実についてない。しかも、先代の国王の甥であるエリクソン公爵まで。観念しよう。
「御存知とは光栄です。グレン・トータスです」
「貴方の御高名は伺っていますよ。随分と有能だとか」
 だが、《陰の覇王》を何度も取り逃がしている今の状況でその言葉を掛けられると胃が痛む。
「巡警の方がどうしてこちらに? 事件ですか」
「いえ、まさか。ただお茶してただけですよ。じゃあな、またなリゼ」
 足早に客間を出て行くグレンの背を、セフィルドは静かに見送り苦笑した。
「嫌われてしまったかな?」
「巡警は貴族が嫌いなのさ、宮廷に寄生する金食い虫だから」
「自分で言っては駄目だろう。ロパス」
「悲しかな、俺達貴族は嫌われる運命にあるのです」
 リゼは、セフィルドとロパスが並んで居る所を初めて見た。二人が立っているだけでやたらと華やかだ。
やはり純貴族は彼女にとって眩しい存在だ。自身は魔女、根っからの貴族である筈のアダムスは、ぼんやりし過ぎている。
 それにしても危なかった。リゼは少し乱れた心拍を意識する。《陰の覇王》捜査について、貴族と雖も、捜査の視点からすれば一般人であるこの二人に知られる所だった。
 "内密に"、と契約主であるグレンが望む限り、リゼにはそれを守らなければならない義務がある。
 特に、昼間は契約についてのみグレンの支配権が確固なものとしてリゼに及ぶ。
 魔女にとっての聖域である夜については、契約にある通り支配権がリゼ本人に移行するが、朝の六時から夕方の六時は"昼"の認識である。
「今日は、巡業サーカスがキース湖の辺りに来ているらしいですよ。良ければ一緒に行きませんか」
 セフィルドの言葉にリゼの瞳がキラリと輝く。
「確か《栗鼠(りす)と胡桃(くるみ)一座》って言う…ほら、他の国でも結構有名な」
 ロパスの一言が決定打となった。
「《栗鼠と胡桃一座》ってあの有名な大サーカスですよね!」
 巡業サーカスと言っても、一座に関してはその規模は巨大だった。この西大陸で一、二を争うサーカス一座で、規模も技術もその華やかさもずば抜けているとの噂である。
 大陸中を飛び回っているので、なかなか近くに来なかったサーカス一座が、今この国にいる。
 リゼの頭は一気に切り替わる。
 屋台も出るだろうし、きっとお祭り騒ぎに違いない。
「お父様に訊いて来ますね!」
 走り出してしまいそうな勢いで部屋を飛び出したリゼを見て、嬉しそうにセフィルドは微笑んだ。
 その様子を見たロパスは、つい先程の事を思い出していた。
 馬車の中での事である。
『会いに? 行ったのかい? リゼ嬢に』
 そう言えば、と向かい側に座るセフィルドに数日前の出来事をロパスは語る。
『ブルーベリーパイをご馳走になったぞ、良い子じゃんか。頑張れよ』
『へぇ---ありがとう、ロパス。君は私が元老院のクソじじい共に呼び出されて、心底退屈で下らない非生産的な時間の拘束を受けていた時に、よりにもよってリゼ嬢と楽しくお茶の時間を満喫していた訳だ。へぇ、そう。素敵だね』
『…いやあの、一言言うべきだったな』
『良いよ謝らなくて。いくら君が私の婚約者とお茶しても、私がそんな事で怒る筈無いだろう? ロパス・トゥーダ・エリクソン君』
『怒ってる怒ってる』
『あはは、そう見えるなら君の目は腐ってるね』
 セフィルドは何処までも笑顔だ。それが逆に恐怖である。
『スミマセンでした勘弁して下さい。この通り、な?』
『二割方は冗談だよ』
『八割は本気か』
 ついこの間まではこんな奴じゃ無かった。ロパスはなんだか複雑な心境に陥る。誰と何をしようと、セフィルドはそれなりに微笑んでいるだけであったのに。こんな風にはっきりと感情を表に出すだなんて死んでもしない奴だった。
 ましてや嫉妬じみた感情なんて。
 本当に彼は、
『変わったよな』
『何が?』
『いや、こっちの話』
 傍に居るロパスからしてみれば、新鮮で驚くばかりだ。そして何より、嬉しい。
 セフィルドが人間らしく、素直に感情を吐露している事が。
「今日は、ローズヴェル公爵、エリクソン公爵」
「お久しぶりですクロイツェル伯」
「お邪魔してます」
 ロパスはアダムスの声に、現在へと引き戻される。
 肩にヴィッツを乗せたリゼが、アダムスと共に現れた。
「すみません公爵、何だか色々な所に毎度連れて行って下さって」
「お気になさらず。私が好きでしている事です。楽しい時間を貰っているのは寧ろ此方ですから」
「リゼ、ちゃんと公爵の言う事を聞くんだよ。迷子にならない様にしなさい」
「わかってます、お父様」
「心配だ。ついこの間、アメスティ君のお庭で迷子になったろう」
「比較にアメスティの庭を出さないで下さい。半年前でしょう? あれは庭が迷路になっていたから仕方なかったんです」
 ヴィッツが珍しく鳴き声を上げた。
 そこまで言って親子はハッと口を押さえ、セフィルドとロパスの方を窺う。視線を向けられた二人は首を傾げる。
「兎に角、楽しんでおいで」
「ええ…行って来ます」
「「?」」
 何か、聞かれて不味い事だったのだろうか。誤魔化すのが下手な親子である。
 ヴィッツがリゼの肩で小さく唸った。

  □ □ □

 舞い散る七色の紙吹雪。
 真っ白に肌を塗り、裂けた赤い唇と目元に星の化粧をした道化師(ピエロ)が玉乗りをしながらナイフでお手玉をする。
 小さな帽子を被った熊が後ろ足で列をなし、風船でプードルをあっと言う間に作るピエロに子供達は息を呑む。
 屋台には綿菓子や焼きたてパンケーキ、香ばしいポップコーンなどが並び、大人も混じって大盛況だ。
「流石、《栗鼠と胡桃一座》だ。賑やかですね」
 ある男は口から火を吹いている。ご婦人の小さな悲鳴と歓声と拍手。
「あれ絶対に危ないです」
 リゼの常識では、口から火を吹くのは火口に棲む竜(ドラゴン)であって人間では無い。
「大丈夫ですよ。彼等はちゃんと訓練をしている、その道の達人ですから」
 会場の中心には大きな赤と白の縞模様のテントが張ってあり、テントの一番上から万国旗が地面に固定されていた。
 快晴の空の下、アコーディオンの音色が流れる。
「中に入りましょう。一座の目玉は四回転の空中ブランコだそうですよ」
 空中ブランコは三回転までが限界とされている。入り口で貰ったチラシにも、空中ブランコが大きく取り上げられていた。
「セフィルド、ロパスが見当たらないわ」 人混みの中、セフィルドに手を引かれてチケット売り場に向かいながら、リゼは首を傾げた。辺りを見回す。
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