Auravictrix:本編 | ナノ

  Auravictrix 5 
「ここに鍵が有る」
「開戦前(こんなとき)に今更か」
----この状況で無い物ねだりをする程、餓鬼(こども)じゃねぇんだ俺は。
「こんな時だからだ。"餓鬼"になってみるのも、悪く無いと思わないか」
 侮られているのかと考えた。だが違う。彼女はただ言葉通りに問い掛けているに過ぎない。それが見抜ける程度にはなった。
「だが、鍵(こんなもの)が無くとも」
 そこから出られる。
「その方法が解れば俺は今頃、サー=ヴァルターギュ号の甲板で寛いでるんだが」
「だろうな」
「失礼な奴だ、全く」
 紡いだ言葉は嘘の塊である。
「看守。まるであんたは俺に独房(ここ)から出て欲しい様に思える」
 真実ディアギレフが独りであったのは初めの数日、彼女と顔を合わせるまでの間だけだ。
「誓え。ディアギレフ・ロウ」
 決して誓いを違えぬと。私と、そして何より、お前自身に誓え。
「今から鍵を開ける。だがお前が三百数えるまで、扉には触れるな」
 後はお前の自由だ。好きにすると良い。彼女は抱えていた布にくるまれた荷を解いた。ディアギレフは息を呑む。没収された筈の"仲間"だ。
 幾多もの死線を共に越えた彼の愛刀が、そこにあった。
「誓えるか」
「…飴が欲しけりゃ"待て"か」
「易(やす)いものだろう」
 たった三百秒だ。彼女は繰り返し囁いた。ディアギレフは思う。三百秒。凡そ一時間の後に交戦。それを思えば五分は確かに短いのだろう。
「だがあんたは、その間に姿を消す訳だ」
「語弊がある。本来の務めに戻るだけだ」
「本来の務め、ね」
 次に顔を合わせたら、銃口を向け合う事になるかもな。
「あんたが好きな"可能性"の話さ」
「……」
 ディアギレフは床に転がしておいた煙草を取り上げる。最後の一本だった。
「数を数えるのは苦手でな。煙草でも吸ってりゃ気も紛れるんだが」
 看守は無言でライターの火打ち石を回し、その先を燃やした。
 鉄と鉄が擦れる音。ガシャン。
 一度目に鼓膜を震わせた様に強くは無いが、確かに扉が開いた音である。
 刀を廊下に置いて、遠退く背中を瞼裏に描く。静寂を砕く黒の軍靴。行き先を静かに映す菫色。紫煙を吐き出す。白。
「…不味いな」
 何も無い。

  □ □ □

「片っ端から始末しろ!!」
 怪我は許すが死ぬんじゃねぇ。チェルニチェヴァなんざにやられるな。酒も飯も全部船長の奢りで、戻ったら宴にするぞ!
 レギは両手に銃と半月刀をそれぞれ持ち、進行方向を背にして吼えた。半月刀を空に突き上げる。鼓舞に喝采が返された。
「んな事言って、俺は知らねぇからな」
 バルドーの言葉にレギは失笑する。
「冗談抜かせ。誰の為に今こうして航路の先に監獄船を迎えていると思う。それ位させてやるさ」
 今やサー=ヴァルターギュ号とチェルニチェヴァの艦隊は、その距離を一kmにまで縮めていた。
 チェルニチェヴァは巨大だ。"船"はまるで動く水上都市。大型戦艦である筈のサー=ヴァルターギュ号が小さい。
 要塞の様に堅固。けれども外観は壮麗な古城のそれだった。
「ユグ、 爆撃砲はどうだ」
『迎撃態勢。いつでも良いぜ』
 レギは装着型の無線に問う。制御室でモニターに映る外部の映像をチェックしていたユグが応じた。
 更に迫る。レギ達Walkerからしてみれば、チェルニチェヴァの方が余程、"悪害"の種に思えた。
「さてと。船長(あのひと)はオヒメサマって柄じゃねぇが、攫いに行くかね」
 発力資源鉱石・AT-8。終焉日到来の"産物"の一つである、そのAT-8をエネルギー源として動く小型"飛行"機があった。
 戦艦の左側方が開く。飛び出した幾機もの機体は、透明なフィールドによって"機内"を形成していた。車輪の無いスケートボードを思わせる【トレビシック】は、最大で二人まで乗せる事が出来た。風雨は勿論通さず、ある速度までの衝撃物ならば、鋼鉄以上に強力な"壁"となる。
 レギは背負っていたトレビシックの出力を稼働させた。瞬時に彼は"機内"に身を置く。それにならい、他の乗組員たちも次々に己のトレビシックに乗り込んだ。僅かに浮上。
「行くぞ!! 手前等」
----Ready Set、
「Go!!」

  □ □ □

----ドスッ。
 鈍い音と共に崩れた看守から、ディアギレフは刃を抜く。細身の片刃は肉を断ちながらも鮮血を滴らせ、すぐさまもとの姿を取り戻す。
 地下二階の監視室を制圧した。男がこの部屋の最後の一人であった。
 海上に出れば、更なる看守で溢れかえっているだろう。ディアギレフに負傷は無いが、やはり《這い寄る混沌》といった所か。なる程、戦闘能力は高い。
 高い、がディアギレフの足元を崩す程では無かった。彼の方が、檻を挟んで内側に目を向けるばかりの看守(かれら)よりも"実地"慣れしていた故の結果だ。
『お前に残された時間は幾許も無い』
 だろう、その通りだ。しかし、あれ程に外を望んで置きながら、ディアギレフの脚は海上を目指しつつも何処か迷いがある。
 脳裡にちらつく菫色を、視界に捜してしまう。
 解っている。
 解っては、いるのだ。
「ッ!!?」
 爆音。ディアギレフの世界が揺れた。倒れまいと踏ん張り、彼は直ぐさま頭上を見上げる。上に、居る。
「来やがったな、あいつ等」
 破顔一笑。ディアギレフは頬に飛んだ敵の血を、手の甲で拭い取った。
 流石にディアギレフも、チェルニチェヴァの内部からサーベルを振るうのは初めてだった。
 監獄船の敵は何も看守だけでは無い。
 規律と統率で固められた組織の本部。此処には【Silver Rose:SR】が居る。
 チェルニチェヴァの上層戦力部隊とも言える【SR】は、一騎当千を地で行く。奴等に出会うよりも早く、少しでも海上に近付かなければならない。相手に不足は無いが、今回の目的はあくまでも脱獄にある。
 ディアギレフは看守の手を離れた銃を何丁か拝借し、未だ地下二階の船内を映し続ける監視モニターに目を向ける。
 室内の壁を埋め尽くす映像に彼女は居ない。先程の揺れに混乱し、状況を知ろうと無線通信を行う看守達。
「…"外れ"か」
 既に、海上でレギ達とやり合っているのだろうか。
 兎に角、外に出なければ始まらない。本当の混沌は、"世界"にこそある。

  □ □ □

「晴天。視界良好。ああ、平和だ」
「闘って下さい! 隊長!!」
 乱闘による喧騒。刃が触れ合う度に散る火花は剣の悲鳴か、狂乱の高笑いか。
 絶え間ない駆け引きは、常に未来の奪い合いだ。飛び交う銃弾。
 その戦況の中で、場違いな言葉を発した男が居た。部下に一喝されるも、のんびりとした空気に変化は無い。
「何か腹減ったなァ。この闘い止めにしない? "腹が減っては戦は出来ぬ"と言うし」
「使い方違いますから! 初等教育からやり直して来い!!」
「敬語はどうしたよ、お前」
 ヤダヤダ。これだから最近の若者はカルシウムが足りないとか言われるんだよ。おじさん知ってるよ、"キレる"って言うんでしょ、そう言うの。
「時代は派手な戦闘なんてお望みじゃないってのに、何奴(どいつ)も此奴(こいつ)も二言目には"ドンパチ"って」
「もう何だって良いですから! 取り敢えず抜刀して下さい!」
 監獄船の船上。乗り込んで来たサー=ヴァルターギュ号が船員達と、チェルニチェヴァ側の兵士達によって惨々たる光景が繰り広げられていた。
 船内と外界を繋ぐ門扉(もんぴ)の付近で、隊長と呼ばれた男は嘆息する。
 男の名はシャーゼロック・ビショップ。
 【SR】第零部隊隊長の腕章が、太陽の光をギラリと返した。

101003
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