Auravictrix:本編 | ナノ

  Auravictrix 12 
「とは言っても、だ」
 レギは管理室で顎に手を当てて告げる。この間、派手にやっちまったからな。
「また同じ様にするのは、俺達(こっち)の物資や人員の面で苦しい」
 負傷した奴等だってそれなりに居る。
「たったらどうやってあの監獄船から女を連れ出すんだよ」
 ユグは頭にクエスチョン・マークを浮かべて首を捻った。管理室には、サー=ヴァルターギュ号の上役が顔を揃えて居た。
「阿呆。肉弾戦だけが戦闘じゃねぇんだ」
 頭(ここ)を使わなくてどうする。レギはこめかみの辺りを指で示してみせた。
「キャップ。そのニサって女が言った話が仮に、百歩譲って本当だとして、だ」
 俺にとっちゃあ何の意味も無い仮定だが、どうやったら独房の内側から外に出れるんだよ。
「そりゃあ、お前…訊いてなかった」
「使えねぇな」
「おいおい、レギ。キャップにそりゃねぇだろ」
「手前は黙ってろ、ユグ。独り言だ」
「…はーい」
「ははっ。言われちまったな、ユグ」
「いや、あんたの事ですよ。キャップ」
 何言っちゃってんスか。ユグの抗議も虚しく、ディアギレフはケラケラと笑う。
 数時間後には確実にチェルニチェヴァとどうにかなって居るだろうに、ディアギレフには緊張の類は一切見られなかった。
「抜き足差し足忍び足。お行儀良く乗船するのはどうだ」
 なんなら、チケットでも予約するか。ディアギレフは有りもしない乗船券を種に、ユグとバルドーの笑いを誘う。すぐさま二人はレギの拳骨を喰らった。それを見て、更にディアギレフが笑う。だが、次の瞬間には瞳の奥をギラつかせて告げた。
「どうだいレギ、天下のチェルニチェヴァを手懐けたくはねぇか」
 海上のチェルニチェヴァに死角は無い。有るのは距離の限界だ。捕捉網に引っ掛かると最期。外部からの攻撃には"鉄壁"が備えられている。
 レギはディアギレフが言いたい事を察し、これ以上に無い程の渋面を作る。
「----俺に、中央管理機関(マザー)の喉を掻けってか」
 サー=ヴァルターギュ号の副船長は、構築された電子技術の分野に長けていた。早い話、ハッキングの腕がずば抜けていると言う事である。
 全ての船がそうである様に、チェルニチェヴァも又、母体となる制御システムを有する。あらゆる場所を正常に稼働、制御する中央管理機関(マザー)。それを"籠絡"しろとディアギレフは言うのだ。ヒュドラストの命令さえ、意味を為さない領域を支配しろ、と。
「完全に"落とす"のは不可能だろう。【雷霆】(あちら)さんだって馬鹿じゃない。船が言う事聞かなくなりゃあバレる」
「完全でなくて良いさ。要はニサを連れ出すまでの間だけで」
「簡単に言ってくれる」
 国家の船を、ましてやチェルニチェヴァは監獄だ。マザーには何重にも鍵(パスワード)を掛け、幾重にも罠(ウイルス)を張り巡らせている筈だ。果たしてそんな相手を看破出来るのか。
「成功の可能性は?」
「…二十%」
「十分」
 なあ、知ってるか。チェルニチェヴァはあと一時間以内にバゼットに寄港するらしい。停泊予定は四時間。思いもよらぬディアギレフの情報に、皆は瞠目した。
 ミネルドと友好関係にあるリュケの国防省長官が招かれ、チェルニチェヴァを視察する。言葉を飾らずに言えば、つまりは国同士の自国の技術の見せ付け合いだ。
「俺を捕り逃がした癖に、笑わせる」
 今頃、【雷霆】の上層部は情報操作に追われているだろう。脱獄を許した事実は、チェルニチェヴァの醜聞以外の何物でも無い。
「どっからそんな情報を仕入れたんだ」
 バルドーの問いに、ディアギレフは可笑しげに肩を揺らす。
「敵陣から逃げて来るのに、手ぶらは頂けねぇだろうよ」
 つまりはそう言う事だ。ディアギレフは"きちんと"抜け目無い。
「どうせリュケのお偉いさんが見学するのは、【雷霆】にとっちゃあ見られても痛くも痒くも無い場所だけだろう」
 ヒュドラストの老獪が、そう容易く手の内を見せる訳がねぇ。
「賓客の手前、派手に動く事も難しいだろう。となれば」
「この機を見逃す手は無い、か」
 ディアギレフ達は互いに目を配らせた。決まりだ。
「取り敢えずレギ、お前はチェルニチェヴァ船内の設計図を【雷霆】から拝借しろ」
「……」
 事も無げに告げられた命令は、随分と難易度が高かった。

  □ □ □

 夢を見る。網膜を焼く様な、強烈な光。一体どんな言葉を尽くして表せるだろうか。光の柱。次の瞬間には放射状に襲い来る光の波。灼熱。身体が熱い。熱い。熱い、あの光。感嘆と怪訝の声。指差すのは子供。ねえ、ママ。

----あれは、なあに。

 大丈夫。何も恐れる事は無い。君達はただ、還るだけなのだから。此処へね_

 シャーゼロックは、リュケからの"賓客"をもてなすと言う上層部のおべんちゃらに付き合わねばならなかった。
 成る程。非番など口実で、ヒュドラストの思惑はこれだったのだ。一応は国の賓客。体裁を整える為に、【SR】の"零"を引っ張り出して来たと言う訳だ。ヒュドラストから今回の"任務"を命じられた時、シャーゼロックはそう納得した。
 見学は精々三時間。一時間を出航の点検・整備に要し、その三十後には海上から空路でAREA02へと向かう。無駄は無い。
 ヒュドラストの本音が透けて見える。友好関係にあるとは言え、こんな事に時間を割くのが惜しい、と。更に言えば、見学などさせたくない筈だ。ミネルド政府の指図を受けたから、仕方なしに。
 チェルニチェヴァの上層部は外部からの干渉を嫌う。それが例え、名目上では"上官"にあたる自政府であってもだ。チェルニチェヴァは政府に忠誠を誓ってなどいない。内心ではそっぽを向いて舌を出している。政府ばかりが、チェルニチェヴァを支配した気で居るのだ。
 自身がチェルニチェヴァに身を置き、ヒュドラストの下で働いているからなお解る。あの男は首輪を許さない。
 一時間にも満たない仮眠から目覚めてみれば、ベッドは広かった。皺が寄る空いた隣。それは通常の広さだ。けれども言いようの無い淋しさが、シャーゼロックの胸をチクリと刺した。これでは、どちらが眠りを欲して居たのか分からない。自嘲する。この痛みが友となって長い。抜け出す気配に気付かぬ程の、己のニサに対する警戒心の無さが今は少し恨めしい。
 彼女はミケロ博士の所だ。断言出来る。このチェルニチェヴァでの、三つしか無い居場所の一つ。シャーゼロックのもとに居ないとなれば、状況から考えると博士の研究室だ。残りの一つは、あの黒い檻。
「…さてと」
 行くかねぇ。次の非番まで、もうニサに会う事は無いだろう。シャーゼロックはこれからの予定を頭の中で繰り返し、椅子の背に脱ぎ掛けて置いた上着に手を伸ばす。羽織る濃藍は英雄(SR)の貴色。銀の徽章。

 喜歌劇は終わりだ。

101112
    ここまで読んだよ!報告
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -