Auravictrix:本編 | ナノ

  Auravictrix 8 
 次に起こるだろう未来を予想した。予想し、回避する為に行動を起こした。
 即ち、ニサがシャーゼロックに向けられた、己の刀を引き離そうとするのならば。
 唯一、誰からも狙われて居ないレギに銃口が向くだろうと。
 事実、眼差しをディアギレフに寄越したまま、ニサはトレビシックに乗るレギへと素早く標的を変えた。
「レギッ!!」
----目の前で仲間が死ぬぞ。
 ニサが意図した結果。シャーゼロックからディアギレフの刀の脅威を外す事。風景は非道くゆっくりと流れ、ディアギレフは全力で身体を動かす。間に合え、間に合ってくれ!!

 次に起こるだろう未来を予想した。予想し、回避する為に行動を起こした。

 けれど、だ。銃弾はレギを貫く事はなかった。それ所か、トレビシックに掠りもしなかった。見当違いな方向へと撃たれたのだ。
 事実を認識している間、そのコンマ以下の数秒は、ニサが次の行動に移るには十分な時間だった。
 電光石火の早技。恐らく一秒にも満たない。ニサとディアギレフには距離があった。あった、筈だ。
 だが次の瞬間、目の前の極近い距離でニサはディアギレフの腕を掴み、思いっきりトレビシックへと突き飛ばした。レギは咄嗟にフィールド展開を許可する。反射に似ていた。ディアギレフは理解した。
 彼女の狙いは"これ"だ。
「ニサッ!! お前も来い!」
「馬鹿言うな!」
 展開を解除しようと、ディアギレフは操作パネルに手を伸ばす。レギの怒声も、今は意味を為さない。上昇。
 だが、ディアギレフの動きが止まる。彼は見た。ニサが自らの蟀谷(こめかみ)に銃口を向け、更にはシャーゼロックがディアギレフ達では無く、彼女を押さえようとして硬直しているのを。
「落ち着け、ニサ」
 ディアギレフは未だ嘗て無い程に困り果て、緊張と焦燥を声に出したシャーゼロックを視界にとらえる。
 最早、手の届かぬ世界だ。
「銃を下ろすんだ」
 ニサはディアギレフを見上げていた。その瞳は、ディアギレフが行動する事を拒絶している。
(----逃げろ)
 彼女は人質に、自分を選んだ。
 そして、掴めず消えて仕舞いそうな笑みを、ディアギレフは確かに見た。
 見たくは無かった。

  □ □ □

「戻ろうか」
 既に戦局は決した。
「手錠はちゃんと、あるのだろう?」
「……」
 碧空(へきくう)の彼方に消えたトレビシック。下ろされた拳銃。次々に引き上げて行くサー=ヴァルターギュ号の乗組員達。
 シャーゼロックは、何か言わなければと強く感じた。だが結局、何も言えぬままに終わる。代わりに、その囚人服を纏う身体を抱き寄せた。
「シャーゼロック」
 ニサの声に戸惑いは無い。あやす様な彼女の声とは真逆に、シャーゼロックばかりが揺れていた。
「…すまねえ」
 俺は、俺が"ここ"に立って居る以外で、あんたの守り方が解らねぇんだ。
「何を謝る。それがお前の責務だろう? お前は正しい」
 取り出された手錠がニサの両手を拘束する。シャーゼロックはその銀に、嫌悪を滲ませた。
「そうとも、ニサの言う通りだ」
 君は第零部隊の隊長として、彼女を拘束する義務がある。現れたヒュドラストを、シャーゼロックは隠す事無く睨み付ける。
「Walker共を取り逃がした責任を、始末書で済ませてやろうと言うのに」
 何かな、その目は。
「…いえ、何も。トルカッティーニ提督」
 監獄船《這い寄る混沌》。そこには【終焉日】から始まる、底無しの闇があった。

  □ □ □

 つまる所、もう駄目だった。
「船長!!」
 お帰りなせぇ船長。元気にしてたかい。
「あんたが居ねぇと、どうにも野郎共の覇気が下がるんだ」
「よう、バルドー。戻ったぜ」
 出迎えた仲間達は、一様に血と汗に塗(まみ)れていた。だがその表情は抜ける様なの笑顔だ。嗚呼、ここは我が家、サー=ヴァルターギュ号。
「いやあ、にしても本当に助かった。ありがとな、手前等」
 ディアギレフの言葉は、ろくに聞こえてはいなかった。彼を取り囲む周囲は既にお祭り騒ぎに突入しており、歌や歓声に掻き消される。
「よっし! 宴だ手前等!! 呑んで騒いで踊り明かせ!!」
 声を張り上げたディアギレフを、壁に寄り掛かったレギが腕組みをして見詰めていた。

  □ □ □

 トレビシックの機内で、ディアギレフは終(つい)ぞ口を開かなかった。押し黙り、外の風景ばかりを目に映す。何処か悄然としていた。
『ニサッ!! お前も来い!』
 あれはディアギレフの本心だったのだろう。どういう経緯(いきさつ)で、ニサと呼ばれた女を乗船させ様と思ったのか。レギには皆目見当がつかない。
 だが、これだけは言える。
「あの女は【雷霆】側の人間だ」
「あの女、じゃなくてニサな」
 宴も終盤。レギは、言い直しながら笑うディアギレフをキッと一瞥する。今夜の主役は、酔った様子が全く無い。
 未だに飲み比べをしている仲間達の輪から少し離れ、それを眺めながらディアギレフは一人椅子に腰を下ろしていた。
「あんたに銃を向けた」
「逃がす為さ」
「そうだとしてもだ。あの時の殺気は本物だった」
 本来、監獄から出る事など許され無いのが囚人だ。看守でもないくせに銃を持ち、【SR】のシャーゼロックとも面識があった、囚人服を着た女。
 そしてディアギレフ達を上回った、あの身体能力。
「どう考えたって普通じゃねぇ」
 何かある。下手に手を出しゃ次は無い。
「俺はあんたを船長として認めてる。あんただから付いて来たんだ。他の奴等だってそうだろうよ。だがな、敵を引き入れるのを了承しろって言うんなら」
 答えは"NO"だ。
「そんな女は、信用出来ねぇ」
「……」
 何故笑えるのか。いつもの闊達な笑顔ではなかったが、ディアギレフは口元だけで穏やかに笑っていた。汗をかいたゴブレットには、琥珀色の酒が注がれいる。そのゴブレットに視線を止め、ディアギレフは静かに告げた。
「独房の鍵を開けたのはあいつだ」
「……」
 今度はレギが黙る番だった。
 シャーゼロックが言うにはな、俺の居た独房は、飢餓状態にする為に飯を運ばねえ手筈だったらしい。
「…だが、あんたは生きてる」
「ああ、看守の格好をしたニサが、毎食運んでくれていた」
 何でだろうな。何であいつはそんな事したんだろうな、わざわざ。
「シャーゼロックは知ってるんだろうよ。ニサに関わる全ての理由を」
 でなきゃあの男が、あんな声を出す筈がねぇ。
「総括すると、あんたは自分を助けた奴を仲間にしたいのか」
「違う」
 ディアギレフは彼自身も驚く程素早く、鋭く否定した。それは違う。違うんだ。
「ならどうしてだ」
 俺が納得出来る理由を教えてくれ。レギの言葉に返事が詰まる。違う、のだが上手く言い表せない。
「もう寝る」
「おい、ディアギレフ」
 悪いがレギ、その話は暫く時間をくれ。
「頼む」
「……」
 ディアギレフは席を立った。船長室に足先を向ける。

101011
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