Auravictrix:本編 | ナノ

  Auravictrix 6 
「今時、休日出勤だなんて」
 本来ならば、非番であった今日。シャーゼロックは最下層の独房から、ディアギレフ・ロウが姿を消したとの報告を受けた。日がな一日睡眠に費やそうと立てたプランは、その一報によって粉々に打ち砕かれた。上官命令に従い、この場に立っている。
「特別手当貰わないと、割に合わないよ」
 シャーゼロックは平和主義者だ。ただ"少しばかり"、彼の"平和"認識範囲が他人より広くズレていたとしても、シャーゼロックは平和を愛していた。
「逃げたWalkerも莫迦だ。大人しくしてりゃ、もう少し長生き出来たのに」
 だが、状況はそれ程単純では無かった。
 独房の鍵は開いていたと言う。
「裏切り者は何奴だろうねェ」
 抜刀せずに居るのはシャーゼロックの余裕の表れに他ならない。囚人一人で取り乱すのは経験の浅さだ。
「どうすっかな」
 船内と繋がる"表"の出入り口はシャーゼロックの背後にある門扉のみである。囚人はこの門扉から入る。それ以外を知る事は無い。彼等は"外に出るには必ずここを通らなければならない"と思い込む。故に、こうして立ち塞がっている訳だ。
 それにしても。シャーゼロックは目前の戦闘に、サー=ヴァルターギュ号の副船長の姿を捜す。
 船長奪還となれば、それなりの作戦で挑んで来るのだと思っていた。だがどうだ。何の統率も無いこの戦況。【弄策のレギ】の名が聞いて呆れる。それとも、この状況は囮なのか。
「…それは無い、か」
 見付け出したレギは、一心に兵士を相手に剣を振るっていた。その目は"目の前"の事にしか向けられていない。他を気にした様子は無い。
 どうやら今度の副船長殿は、随分とお冠らしい。散々レギの策に泣かされて来た側としては、好都合と取るべきか。
 冷静さを欠いた策士など、丸腰と同じだ。レギは己を抑え込むべきだった。
「そうは思わねぇかい、ディアギレフ」
 Walkerは破壊が得意だ。行く手を阻む存在(もの)を許さない。それが兵士であろうが、頑丈で巨大な鉄の門扉であろうが変わりはない。
 全てを越えて、彼等は歩むのだ。
「…なる程。呆気なく辿り着けたと思えば、こう言う事か」
 まあ、そんな気はしてたが。
 内側から開けられた門扉。科学が異常に発展した世界で、御大層な閂と言う取り合わせが奇妙だった。血溜まりに倒れた看守達。シャーゼロックはそれを一瞥する。
「久しぶりだな、シャーゼロック」
 最早、宿縁とも呼べる因縁で、二人は繋がっていた。

  □ □ □

 【SR】は常駐の部隊では無い。AREA02中でWalkerを追跡している。
 チェルニチェヴァへの一時帰還は、【SR】にとっての休暇だった。その時々で、兵士や看守達と乗り合わせる面子は異なる。
 だからこそ、レギは思う。クソ、よりによってシャーゼロックか、と。
「大人しく待ってる様なタマじゃねぇよな、あの馬鹿船長」
 視界にディアギレフを見付けたレギは、無線に告げる。手前等、退路を確保しろ。
「王が帰還する」
 無線の向こうで仲間の一人が口笛を吹いた。レギは対峙する二人から目を離さない。周囲の騒音が遠退く。
 レギは己の背後に迫り来る影に気付きそれを見た。反転し、一閃。続く断末魔。
 再びシャーゼロックとディアギレフに目をやれば、互いに間合いを取って刀を構えて居た。
 ディアギレフの口が動く。レギの位置からでは聞き取れない。訝しげにシャーゼロックが眉間を寄せた。それを認めてディアギレフが更に何事かを言った。
 レギは二人に駆け寄る。シャーゼロックと一対一でやり合わなければならない理由は無い。レギ達の目的はディアギレフだ。 しかし。
「ふざけてんじゃねぇぞ、シャーゼロック」
 滅多に耳にする事の無いディアギレフの怒りの声。低く、低く、狼の威嚇を思わせる声だ。ディアギレフ・ロウと言う人間を、深く知っているからこそレギには解る。敵と対峙する恐怖など、足下にも及ばない。頸動脈に刃を添えらた心地。
「俺がお前に、嘘を吐く理由がねぇだろ」
 二人が交わす言葉の意味は何だ。何故、船長はこれ程に怒り狂っているのか。
「なら俺が見たのは一体何だってんだ、亡霊か? 幻覚か?」

  □ □ □

「久しぶりだな、シャーゼロック」
 二人は常に敵対関係にあった。反発し合う磁極。追う者と追われる者。だが、互いの人格や能力を認め合っていたのも事実だ。敵対関係にあったからこそ、理解出来た部分は確かにあった。
「折角の休日だってのに、手間取らせちまったか」
「なら大人しくしといてくれねぇか。近頃は腰が痛む」
「そりゃあ良い。手前も歳だって事さ」
 戦闘の場で顔を合わせるのは何度目だろうか。それさえも解らない。否、二人が出会った場所が戦闘の場になったと言った方が正しいか。
「シャーゼロック」
 一つ教えて欲しいんだが。刀を構える。切っ先を相手に。
「ここの看守に女が居るだろ。俺に飯運んで来てくれてた。あいつは誰だ」
 斬り入る瞬間を、五感の全てで探る。両者に隙など無い。眼差しは外れない。外さない。周囲の事など知った事か。
 今、目の前に"こいつ"が居る。ならば。
「…"女"?」
 怪訝。その一言が最も相応しい。シャーゼロックは、ディアギレフの問いに眉根を寄せた。まるで、言っている意味が理解出来ないと言う様にして。
「何の話だ」
 何かの間違いだろ。
----あの独房には、食事は運ばない手筈になっていると聞いて居たんだが。
「ふざけてんじゃねぇぞ、シャーゼロック」
 そんな筈は無い。そんな筈は。
「俺がお前に、嘘を吐く理由がねぇだろ」
 シャーゼロックの言葉に、一番納得が出来るのはディアギレフであった。そうだ、理由が無い。作戦の内で互いを出し抜く事はあっても、個人で嘘を吐き合った事は嘗て無い。奇妙としか言い様の無い、信頼。
「なら俺が見たのは一体何だってんだ、亡霊か? 幻覚か?」
「あのなァ、ディアギレフ」
----そもそも、チェルニチェヴァに女の看守なんざ一人も居ない。
「……」
 意味が解らない。

  □ □ □

 間違い無く、その動揺は隙となった。
「ンの、馬鹿野郎ッ!!」
 背中。AREA02で長く同じものを見続けて来た、己の右腕。
「ぼけっとしてんじゃねぇ!! 死にてぇのかッ」
 白紙の思考に色が着き始める。レギだ。己を背に、シャーゼロックの一撃を受け止める彼は、懐かしい怒声で以てディアギレフを殴りつけた。
「邪魔だ、"弄策の"」
「うちの頭に手ぇ出してんじゃねぇよ」
 おい、船長。走れ、帰るぞ。あんたの居場所は此処じゃねぇだろ。
「…レギ、一人じゃキツくないか」
 シャーゼロックは強いぜ。
「舐められたもんだな、俺も」
「誰がそう簡単に逃がすか。勝手に話を進めるなWalker共」
「いや、でも俺達逃げるし」
 何時もの調子を取り戻したディアギレフは、あっけらかんとして笑う。
「おい、其処のゴーイングマイウェイ」
「シャーゼロック、手前だって本当は解ってんだろ。俺達が決着をつけるのに、こんな場所が相応しい訳がねぇよ」
「……」
----俺は、AREA02に居る。
「来ると良いさ。何度だって相手になるぜ。誓ったって構わねぇ」
 疾風。逆光。
「なあ、シャーゼロック」
 あんたは俺に嘘は言わねぇ。
「とすると、俺が知る看守は誰だ?」
「----…俺に訊くな。解る筈ねぇだろ」
「だよなァ」
 あんたにとっては意味の無い話でも、俺にとっては真実だ。
「なら、俺が知ってりゃ十分って事だ」
 "裏切り者"が居るってのに。"知らない"で通るのか。
「どうなんだろう、なあ」
「……」

101006
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