2014/09/02::追記
「それじゃあ、いきます」
「うん」

そう広くない寝室に、やけに緊迫した空気が漂っている。
ベッドに座らされた僕の前に正座している春野の表情はまるでこれから神聖な儀式でも行うかのように真剣そのものだった。

上唇の少し突き出た口元は固く結ばれている。頬は薄紅に色づき、目はかすかに潤んでいるように見えた。
自分のシャツの裾を持つ指が震えている。

「うぅ…はずかしいよぅ」
「別に無理してやることでもないだろう」
「ううん!一度やるって決めたんだからやる!」
「君にできるの」
「できるもん!ちゃんと蘭子さんにコツを教わったんだからねっ」

そう言うと春野は一気にシャツの裾を捲り上げた。
今日はいつものぴらぴらとした下着は付けていなかったようだ。勢いよく露わになった胸元が月光に白く反射して、僕の網膜に焼き付いた。
「あ…あんまり見ないでよ…」
「そもそも見て楽しむものじゃないのかな、こういう類のものは」
「楽しんでる?」
「まあね」

春野がぎくしゃくとした仕草で僕にしてくれようとしているのは、人間界の「ぱいずり」とかいう性技の一つらしい。


事の発端はこうだ。
「あのさぁ霧彦くん、あたしとするの、面倒じゃない…?」
「は?」
春野が会って早々泣きそうな顔でぽそりと呟いたのが全ての始まりだった。
どうしてこんな事をいきなり言い出すのか訳を聞くと、春野は俯いた。ふわふわの髪が表情を隠す。

「気付いたんだけどね、あたし今まで気持ちいいことしてもらってばっかりで霧彦くんに何もしてあげられてないの」
「……」
「あたしたち…こ、恋人同士なのに、それってよくないんじゃないかなって思って…霧彦くんもてるし、その……もし他の女の人のとこいっちゃったら、そしたらあたし、何もできないし…」
この様子からすると春野をからかって遊ぶのが趣味だと言う霞のご息女にまた何か余計なことを吹き込まれたのだろう。あの人は油断ならない。

春野は「こんじょだこんじょー」でどんな事にも全力で立ち向かう強さを持ちながらも、意外と繊細で傷つきやすい一面がある。気付いたのはいつの頃だっただろうか。まだ恋も知らない子供の内から春野が浮かない顔をするのを見る度に放っておけなくて、何度か手を差し伸べたことがある。今思うとあの時も僕は限りなく淡い恋をしていたのかもしれない。

あれから10年以上経つ。僕も春野も大人になった。心を通わせ、体を繋げた。僕は彼女の未成熟にも見えるいとけない体に傷を付けた。処女を奪った瞬間の引きつった声と、シーツに染みた血の赤さを覚えている。僕は罪滅ぼしのように何度も彼女を愛撫し、彼女が善がることは何でもした。少女のような体が快楽に染まり日に日に僕の形になじんでいく様子に、尋常でない昂りを覚えた。

今だって、なおも惹かれて止まない。
太陽の下で洗濯物を干しながら明るく笑う彼女を暗闇に引き摺り込んで快楽で咽び泣かせたい。部屋に閉じ込めて能うる限り散々甘やかして、僕なしでいられない体にしたい。
彼女を大切にしたい一方で狂おしい劣情は増すばかりだった。しかし春野の方はというと僕をこんな気持ちにさせておいて僕の葛藤には1ミリだって気付かない。いつだってそうだ、お節介の癖に鈍感だ。だからこのようなことを言い出したのだろうし。なんだか腹立たしささえ覚える。

「僕は君しか抱く気はないよ。君だってわかってると思っていたけど」
春野の顔を下から覗き込んで言ったら、大きな目からとうとう涙が溢れてしまった。
いちど零れた涙は、ぽとぽとと落ちて僕の手も濡らした。春野はこんなことで真剣に悩んでいたのだろうか。ばかだ。しかし残念なことに僕はそんな愚かしい彼女を既に愛してしまっている。僕もばかだな。

「あ、ありがとう霧彦くん。あたし嬉しい………でもやろう?ぱいずり」
「え」
「ぱいずり」


僕の耳が未だかつて聞いたことのない単語をとらえた。
「…ぱいずりって、なに」



…とまあ、こんな感じで今に至る。



「…どう?霧彦くん」
「どうと言われても」
ぱいずりというものが春野の言うように陰茎を乳房で挟み擦り上げる行為を意味するなら、正直に言うと目の前の彼女は全くできていない。
というのも春野はもともと体つきが慎ましやかであるというか、つまり平たく言うと平たいのだった。あ、今上手いこと言ったかもしれない。とにかく言いたいのは、春野の体はぱいずりには適さないのである。
これを言うと春野の機嫌を損ねるのは明白なので心中に鍵をかけて厳重に保管しておく。

「んっと…こんなんでいいのかなぁ…」
とはいうものの触れる肌は柔らかく、温かい。体重をかけて上から擦られると、物足りなさはあるがこれはこれでありかもしれないと思う。
何より春野が僕に淫らな行為をしている事実そのものが僕を静かに興奮させた。
「…かたくなってきた」
目が合うと、春野は頬を赤らめて笑った。幼さの残る顔立ちとそのすぐ下で兆している自身の生々しさがアンバランスに目に映り、軽く目眩がする。

射精欲が高まってくるに従ってその分本格的に物足りなくなってくる。まるでとろ火で炙られているような気分だ。
刺激が欲しくて手を添えて桃色の突起に先端を擦り付けた。独特な弾力のあるそこを片方だけ執拗に擦りあげる。
「…っん、ちょっとぉ……」
「感じた?」
「もう……やめ…っあたしがするのに…!」
春野の赤い顔がさらに上気して、湯気でも出そうになっていた。面白い。

しばらくそうしていると春野は何を思ったのか、いきなり僕のそれをぱくりと口に含んだ。突然襲ってきた粘膜のぬるつく温かさに息をのむ。
「…あ…はるの…?」
まさか口淫までするとは思わなかった。こんなの、読み尽くした書庫の奥に保管されていたヘナモン春画で見たことがあるきりだ。春野カスミはいつも僕の予想の斜め上をいく。
さすがに焦った僕は行き場のない手を春野の頭に持って行った。後頭部が汗で熱く湿っている気がした。

口内の体液を啜る音が耳に入るともう限界だった。
「…っごめん」
「んんっ…!?ふ、…っぅう…」
衝動に任せ、そのまま春野の粘膜の中に精を放つ。白濁が春野の緩い口元を伝ってシャツに垂れていく光景がやけにゆっくりと僕の目に映った。

「っけほ、…っうえ…ごほっ」
「おい…大丈夫か春野」
傍に置いたティッシュを箱ごと渡す。ティッシュに手を伸ばした春野は大きい方を取って(春野は箱ティッシュの中身をあらかじめ大きい方と小さい方に切って必要に応じて使い分けていた)、白濁まみれの口元を拭った。荒い呼吸の中、何がおかしいのかわからないが春野は笑っていた。
「あたし…ちゃんとできてた?」
「…まあ、ね」
「へへっ…実はね、我慢してる霧彦くんがちょっとかわいかったかもなぁ…なーんて」
「…………」
「霧彦くん、きもちよかった?ねえねえ」

調子に乗り始める春野に少しだけ苛ついたのと同時に悔しいことにそそられてしまった僕はため息を一つつき、体を反転させ小さな体をベッドに押し倒した。真ん丸に見開かれた鳶色の目を至近距離でじっと見つめる。
「えっえっ霧彦くん…?なに…」
まさか本当にこれで終わりだと思っていたのだろうか。悪いがそれは大間違いだ。

「君にはいい思いをさせてもらったし、お返しをしようと思って」
「………っ!!」
「逃がさないよ、カスミン」

追い詰められたような表情でおそらくこれからのことを予感しているだろう春野に、僕はわざとにっこり微笑んでやった。

END

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