2014/06/24::追記


「……今日は確か七夕だろう」
「うん、…そうだね、霧彦くん知ってるんだ」
「最近本で読んだ。七夕には有名な伝説があるらしいな。春野は知ってたか?」

本で読んだ、ネットで見た、テレビで見た。霧彦くんはそうして知り得た情報を時々あたしに教えてくれる。
教えてくれるとは言ってもそれはいつも唐突で内容もばらばらで不規則だ。さっきまでぼそぼそと金融緩和とかの話をしていたかと思えばいつの間にかコンビニスイーツの話になっていたりする。
多分霧彦くんの頭の中に取り入れた人間界のたくさんの情報が使われるのを待てずに口からこぼれ出ているんだと思う。
あたしはそれについて話すのがちょっとした楽しみなんだけど、今だけはあまりうまく話せそうにない。
だって、今は。

「七夕伝説の織姫というのは機織りが仕事でもともととてもよく働く娘だった」
甘い感覚が響く下半身に気を取られて、なんとなく知ってると答えるタイミングを失っていただけのあたしに、霧彦くんは知らないと思ったのか話を続けてくる。
「……っ、うん…、っぅあ…」
少し動くだけで繋がってる場所がじんと痺れて、知らずと声が上がってしまう。恥ずかしい。
霧彦くんはこんな状態でよく淡々としゃべれるな、とちょっと感心しつつ、長い息を吐いた。
霧彦くんが目を見て話すのは初めて会った子供の時からずっと変わらなくて、そこが結構好きだったりする。暁色の瞳をじっと見てるとドキドキして息が苦しくなるけど、いつも負けずに見返してる。

「織姫は年頃になっても自分の見なりを構わず仕事だけに打ち込んでいた。君みたいに」
「……これでもちょっとはおしゃれしてるつもりなんですけど」
「…ごめん」
くすくすと笑う霧彦くんの腰に軽く膝をぶつけてやった。

「そんな織姫を見かねた天帝は牽牛という牛飼いの若者と結婚させることにするんだ」
けんぎゅう…彦星のことだよね。だめだ、話半分かも。だって何も考えられないくらい気持ちいい。

「牽牛と織姫はそれは仲睦まじい夫婦となった…」
「んっ…ぁ、っ!?」
突然体を起こされて、向かい合わせで座る体勢にされた。
「……ぁ、かはっ…」
体重がかかった分体の中を深く貫かれて、体の芯がぞく、とわななく。息がしづらくてちょっとむせた。
背中を撫でる手のひらが優しくて、まるで呼吸を整えるように言ってくれてるみたいだった。

「そこまではよかったが、二人は仲が良すぎて本来の仕事を怠けるようになった」
体の重なったところはたまに穏やかに揺らすだけで激しく動かしてるわけじゃないのに、勝手に気持ちいい波がくる。止められないその波に飲まれるのがなんとなく怖くて、でも期待してる自分も確かにいて、どうしようもないから霧彦くんの首に腕を回してぎゅっと目を閉じた。

「僕が思うに、多分……こんなこと、ばかり…してたんじゃないかな」
いちにちじゅう。ぐちゃぐちゃになってる髪の毛を手櫛で撫でつけられながら耳元で小さく囁かれた。霧彦くんってなんだろうな、あたしがどうされたら骨抜きになっちゃうのか、手に取るようにわかるみたいだ。
あたしの頭の中に小さな頃から植え付けられていたきらきらした七夕のお話が霧彦くんの解釈によってやたら生々しいものに変えられてしまったっていうのに、怒ることもできない。
どんだけばかになっちゃったんだろうな、あたし。

「今、君のなかが狭くなった…」
「い……言わないで、よぅ…」

霧彦くんの七夕の話はまだ続く。
「働かない織姫に怒った天帝は織姫と牽牛を天の川を隔てて引き離した。しかし悲しむ織姫を天帝は哀れに思い、年に一度、七夕の日にだけ天の川にかささぎの橋をかけて会うことを許したんだ」
なだらかに話す声すら体に響いて、じんわりと汗ばむ。なんとなく怖くてこのまま一ミリも動かないでいたいのと、気持ちいいのに身を任せて頭の中を真っ白にしたいのがない交ぜになって、心の一番奥の隠してたことまで一緒に引きずり出された。

どっちからなのかゆっくりと腰を揺らし始めるに従って、あたしの口からまとまらない言葉が漏れた。
「あたし、だったら…怠けるなんて、しないのに」
「春野…?」
「あたしが織姫だったら、結婚したって頑張って働くもん、こんじょ、で」
「………」
「そしたら好きな人と引き離されて1年に1回しか会えない、なんてこと…ない、でしょ。ずっと一緒にいられるでしょ」

あたし何わけわかんないこと言ってるんだろう。下から突かれる度につっかえる言葉はぐちゃぐちゃなのに、霧彦くんに伝えたくてたまらなかった。

「泣いてるのか…?」
「な、泣いて、ないっ…なにゆってんのよ…」
「うそだ。ひどい顔してる」
「あっ、あっ…うぅ…っもとからこんなだもん…!見ないでよ!ばか」
「…やだ」
霧彦くんはいつも落ち着いてるのにたまに子供みたいな答え方をすることがある。そんな時は決まって頑固だ。あたしが何を言ったって折れない。正面から顔を見られて消え入りたくなるくらい恥ずかしいのに、頬を手で包まれて顔を背けられない。

七夕の物語を紡いでいた形のいい唇が、あたしのために優しく言葉を発した。
「ごめん、春野。たまにしか来られなくて、ごめん」
「……」
「あともう少しだけ、待ってて」

あたしがさびしいことが、この人にはわかってる。それだけであたしのつまらない意地は溶け崩れていく。

目を閉じると溜まっていた涙が表面張力が耐えられる限界を超えて頬を伝った。固く結んだ唇はそっと押し当てられた柔らかな感触で開かされる。酸素が足りないのに唇を合わせるのが止められない。からだが、あつい。近くに置いた扇風機はぬるい風を送るだけで全然役に立たなかった。

霧彦くんが上体を仰向けに倒すのと一緒に引き寄せられて、あたしが上になった。中の角度が変わって、全身が快感を思い出したように甘く感じ入る。どうにも力が入らなくて霧彦くんに完全に身を預けてしまった。重くないかな。
確かな心臓の鼓動を密着した肌で感じた。人間じゃない霧彦くんの、あたしと同じ部分が愛おしかった。

「天文学的観点から見ると織姫はこと座のベガ、牽牛はわし座のアルタイルという一等星の事らしい」
霧彦くんはあたしを抱いたままカーテンの裾を霧で持ち上げて、すぐ頭上の窓の外を眺めている。あたしも顔を上げて同じ方向を見てみるものの夜空にきらきらと瞬く星はどれも同じに見えて星座のつながりなんて全くわからなかった。もう少し理科を勉強しておけばよかったかもしれない。
「ここからだと見えないな…こっちの窓は西向きだったか」
どうやらこの方向では見えない星だったようだ。霧彦くんの声がちょっと残念そうでおかしかった。

「まあいいか」
霧彦くんがそう言って窓際にくゆらせていた霧をさっと消した途端、窓の景色は元通り本来の重力に従ったカーテンによって隠された。

せっかく珍しくあたしが上になったんだし、なんかしたい。
なんて、とろとろした思考回路のまま目の前に晒されている首筋にとりあえず痕を付けたくて何回か吸ったんだけど全然上手く付かない。
「…何をしている、春野カスミ」
「……霧彦くんが、いつもあたしにしてること…」
「…………」
「ん、…っふぁ…」
中に馴染んでたものが急に大きくなった感じがして間抜けな声が出た。霧彦くんを見ると幾分か上気した頬を片手で覆っていて、決まり悪そうに目を逸らしていた。あまり見ない表情だ。

かわいい、とつい言ってしまった途端、逸らしていた霧彦くんの視線があたしに鋭く向かった。あ、やばいかも。

突然視界が反転した。体勢がひっくり返ってベッドに押し付けられたのに気づいた時にはもう既に霧彦くんのスイッチが入っていて、あたしはろくに抵抗もできなかった。抵抗する気ないけど。
「…ちょっとぉ、まだちゃんと付けれてないんだけど…っふふ、ぁ、はは」
「どうでもいい。君は何がおかしいんだ」
ほんとだ。知らずに笑みが零れたけど言われてみれば何がおかしいんだろうと思った。変だあたし。
泣いたり笑ったりいそがしいな君は、と呆れた声がして、だけど快感を追いかけるのは止められなくて、あたしにはただ一番気持ちいいとこまで昇りつめることしか許されない。高く上げられて霧彦くんの肩にかけられたあたしの足がぷらぷらと所在なく揺れる。

「……あは、っあぁ、あーーー……」
絶頂の後は大抵意識が遠くなっていく。目を閉じて、その浮遊感に身を任せた。ゴム越しにほとばしる性の感触が、あたしをこの上なく幸せにさせた。

どうかお願いです、あたしの愛するこのひとと、いつかずっと一緒にいられる日が来ますように。
ここからは見えない東の空にあるお星様に、わずかに残る意識で祈った。



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