あの頃も今も、変わらず君を想い続けている。

“Between the Sheets”を飲んで、一緒のベッドで夢を見よう。深い眠りについて、死ぬまで君と一緒がいい。だから毎日飲ませてるんだ。





【Between the Sheets】

IFの世界:Fan Book Special Story 〜 Version 氷室辰也(バーテンダー)














“Between the Sheets”とは、“ベッドに入って”という意味だ。
ナイトキャップにお勧めのカクテルで、アルコール度数は少々高め。カクテルを飲みながら甘い夢の世界へ入り込みたいという願いを叶える夢のカクテルのこと。

「お待たせ致しました、本日のカクテル、“Between the Sheets”でございます」

ちなみに“ナイトキャップ”とは、いわゆる寝酒のこと。眠りに心地よく誘ってくれるパートナーのようなもので、少し高めのアルコール度数で口当たりの良い、刺激の少ないタイプがナイトキャップには適している。
ここは地下のショットバー。目の前に座る彼女を持て成す為、俺は日々カクテルをシェイクする。

「わぁ、美味しい!」

「それは良かった」

「タツヤの作るカクテルって、本当に優しい味がする」

そう微笑む彼女は、数年前事故に遭い記憶を無くした俺の初恋の人。幼い頃、彼女に恋をした俺は彼女にこう言って約束したことを今でも覚えている。





(僕がずっと、ヨーコを守ってあげる)





あの時彼女は笑ってくれたけど、数年後に再会を果たした時、彼女の隣には知らない男が立っていた。その場所に立つべきは俺なのに、喉から手が出るほど欲していたものをアッサリと横から奪い取られていた事実。
憎くて悔しくて、ハラワタが煮えくりかえり酷い頭痛がした。諦めきれずその後もずっと彼女を想い続けたが、それでもやっぱり彼女の隣には…立てなかった。

「…」

「…タツヤ?」

「…ん?あぁ、ごめん。少しボーッとしてた」

事故に遭ったのは、一緒にいた相手の男の不注意だと世間は噂した。相手の男は乱暴で、度々彼女を怒鳴っていたとも聞いていた。そんな彼の運転する車が事故に遭い、そして彼はそのまま亡くなった…と。
彼女は今、過去のことを何一つ覚えてない。一緒にいた男のことも、勿論幼馴染みである俺と過ごした幼い日々のことも、何一つ。

「美味しいかい?」

「うん、とても!」

ずっと欲しかったものが簡単に奪われる屈辱さ。守りたかったのに、彼女が選んだ男は彼女を傷つけた。
俺は彼女の隣に立ちたくて努力した。彼女の為に全てを投げ出した。そして彼女の為に俺は…

「…」









「…事故だって?可哀想に…運転してた彼氏が信号無視したみたいよ」

「彼女は無事で良かったわね」

「でも…彼女は記憶を全て無くしてしまったんですって」

「もう記憶が戻ることはないんだって先生が言ってたわよ」

「ぶつけられた相手の人は災難よね。彼も酷い怪我をしたみたいだし。ほら、来たわ。あの人よ…」





“被害者”





信号無視をした無茶な相手だけが責められるこの状況は、俺にとって思い描いていた最高のシナリオだった。
けれど想定外が一つ。それは、彼女もその車に乗っていた…ということだ。本来乗る予定のなかった彼の車に乗ったが為に彼女を巻き添えにした。命こそ助かったが彼女の記憶は全て無くなってしまったと。

「皮肉なもんだな…」

病室で事の真相を医師から聞かされた彼女が、“被害者”である俺に謝りに来たのは言うまでもないことで。
だが、俺はその時こう思ったんだ。これは全てをやり直すチャンスかもしれないと。俺に「初めまして」と告げる彼女に、自分は幼馴染みだと告げると彼女は驚きながらもホッとしていたようだった。

「私、何も覚えてなくて…本当、ごめんなさい…」

「構わないよ。また一からやり直せばいい。俺はヨーコの幼馴染みだ。ずっと側にいるから、安心して」

そう言って彼女を抱き寄せると、記憶を無くした彼女は安堵して泣き出した。ずっとこうしたかったんだ。君が欲しかった。君が欲しかったんだよ。

「もう安心していいんだよ、ヨーコ」

事故の数時間前、彼は店に酒を飲みに来た。俺がヨーコの幼馴染みだと知るや否やツケだと言っては毎日飲みに来ていた常連だ。
酒を飲んで帰ってはまた彼女を怒鳴る日々。そんな日々に俺の怒りは…頂点に達していた。



(“Death in the Afternoon”です、どうぞ)



通称、午後の死。死のカクテルとも呼ばれるこのカクテルは、考案した作家、ヘミングウェイの名でも知られている。ヘミングウェイが迫り来る締め切りから逃れる為、いっそのこと楽になりたいと黒色爆薬を飲み込みシャンパンで流し込んだことからこう名付けられた。今は爆薬の代わりにとある毒草をほんの少しだけ香り付けに入れるのだが、それ故に危険なカクテルとも言われている。まぁ、それでもスリルのあるこのカクテルは注文が絶えない人気メニューなのだが。
ヘミングウェイはその時一命を取りとめ作家としても成功したが、この男に先などない。もしあるとしても、そんなものは全部俺が摘み取ってやる。お前にヨーコの隣に立つ資格なんて、最初からなかったんだよ。



(…)



だから俺は香り付けのその毒草を、香り付け以上にシェイクして…
そして心を込めて彼に差し出した。



(Have a nice day. あぁ、そうだ。ヨーコにも宜しく伝えておいてほしいな)



そして事故。俺は分かっていて被害者になるべくその位置にいた。疑われることのない完璧な被害者に…なるべくしてなるが為に。
だが理由はそんな単純なことだけじゃない。燃え盛る炎の中でグッタリとしている彼の姿をどうしてもこの目に焼き付けておきたかった。どうしても見たかった。ヨーコを苦しめてきた、彼の死顔とやらを。



(お前みたいな奴がヨーコの隣にいると思うと…毎日怒りで気が変になりそうだったんだ。死んでくれて清々したよ)


けれど…



(…?)



助手席にいたもう一人の人物に気がついた時、俺の中の全てが音を立てて崩れていく気がした。



(…ヨーコ?)



辺り一面火の海で、遠くに聞こえるサイレン音。
見えたのは、紛れも無いその光景。



(ヨーコ?!何でここにいるんだ!!何で…ッ!!何で…ッ!!)



この手で守りたかったもの。喉から手が出るほど欲してやまなかったもの。だから守りたいが為に選択した未来。
擦り傷と、飛び散ったガラスの破片で彼女の体はあちこちに傷がついていて。抱き寄せて何度も呼んだが目を覚ますことはなく、流れている血は俺の血か彼女の血かさえも分からなかった。俺はただ叫んだ。叫び続けた。その声が、枯れるまで。



(ヨーコーーーーーッ!!!!!)









ヨーコは記憶こそ無くしたが体はすぐに回復し、退院も俺よりずっと早かった。
けれど幼馴染みであると言った俺を心配し、退院後もヨーコは毎日病院に見舞いに来てくれた。だから話した。沢山のことを。思い出を。そして新しい記憶をその頭の中に、埋める為に。

「このカクテルを飲むとね、タツヤのことで頭がいっぱいになるんだよ。不思議だね」

そして今は目の前で、こうして俺の作るカクテルを飲んでいる。そう、それは俺が何よりも欲していた時間。
もう二度と俺以外の記憶が頭と心に刻まないようにする為に。

「そうだなぁ。それは…」

「なぁに?」

「俺が、そうしてほしいからと願いを込めてシェイクしてるから…かな」

「もう!」

手を伸ばせば届く距離。俺はカウンター越しに彼女に手を伸ばすと、彼女の顎をそっと引き寄せてキスをした。

「!」

「…驚いたかい?」

「タツヤ…、ここ、お店だよ?恥ずかしいよ…!」

「家まで我慢出来なくてね」

「もう…!」

「それほど好きなんだよ、ヨーコのことが」

「!」

「そう…」

彼女の過去も、今も、未来も俺だけが知っている。いや、俺だけが知っていればそれでいい。
彼女の隣に立ちたくて努力した。彼女の為に全てを投げ出した。そして彼女の為ならば俺は…

「Honey, I love you more than words can say. (ヨーコ、言葉にならないくらい君が好きだよ。)」





…誰かを殺すことだって、平気なんだよ。





「永遠に…」

この手は離さない。幼い頃に誓った台詞に有効期間などはない。
だから何度でも手を取り合って、何度でもキスをして愛し合おう。全ては君の為…





(僕がずっと、ヨーコを守ってあげる)





あの頃も今も、変わらず君を想い続けている。
“Between the Sheets”を飲んで、一緒のベッドで夢を見よう。深い眠りについて、死ぬまで君と一緒がいい。だから毎日飲ませてるんだ。

「最近ね、頭がボーっとするの。タツヤのこと考えてるせいかな?」

「きっとそうだよ」

「タツヤ、好きだよ」

「あぁ、俺も好きだよ。ヨーコ…」

甘い夢の世界へ入り込みたいという願いを叶える夢のカクテルは…



「I can't let you go.」



俺しか見えなくなる束縛薬入りの、究極の媚薬カクテル。

もう二度と、離さないよ。





〜fin〜





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