小さい頃よく親に連れられて行っていた近所のデパートの屋上には、小さなプラネタリウムがあった。
そこは子供向けに無料で解放されている施設で、僅かな座席を並べたあまり広くない部屋の電気を消して、暗闇の中を工夫した光で作られた宇宙が映し出されるという、
一見簡単そうだが子供向けとしてはしっかり作られていた記憶がある。

流星というのは、細かい事を除いて言えば要するに塵だという。
幼い時から星ばかり見ていた変わった子供だった自分を見て天文に詳しい、デパートの屋上にある小さなプラネタリウムの従業員のおじさんが言っていた。買い物をする親を放り出してひとりで居た僕に声を掛けたのだと言う。
知らない人だったが、物知りでおもしろい人だった。


それを聞いて、幼心にショックを受けたのを覚えている。
 ごみなんだ。あのきれいな流れ星はいらないものなんだ。



僕が大好きなアルタイルもいつかごみになって落ちてくるのかと考えて少し怖くなった。

しかし、長い間デパートの屋上に佇んでいたプラネタリウムが取り壊しになったと聞いてから、
その記憶も次第に僕の中で薄れて行った。











対向車のない森の中の道路を気が遠くなるくらい暫く走ると、舗装工事が途中で放り出されたような凹凸の激しい獣道に出た。
そこからは速度を落として走っていたのだが、やがて完全に人一人が通るのがやっとな程の細い道になると諦めて歩いて行く事にした。ふもとの町の人の話では狭いが一応道路は通っているそうなので、道を間違えたのかもしれない。

さっきより蝉の鳴き声が大きくなっているのを感じながら額から伝う汗を拭う。遠くの山には白い入道雲が浮かんでいて、標高が高いせいか普段より低く見える。
それ以外は何も見えない、真夏の快晴だった。



都心から遠く離れた県に位置する、山に囲まれた窪みのような辺境の場所にあるこの村は電車やバスどころか獣すら通らない田舎だ。麓の村から1ヶ月に数回は人が来ている為に辛うじて外との繋がりを保ってはいたが、それがなければ森に阻まれて人が住む場所からは切り離されたような所だった。

お陰で何の目印もなしに延々と山奥の道を走る羽目になった。もともとここへはバイクで来るつもりだったのだがここの前に訪れた、一番近い(それでも3時間前後は掛かるが)町で聞いた話がなければここに辿り着くことすら難しかっただろう。

そのくらい何もない山奥にある村だった。





相変わらず鳴き続ける蝉の声に囲まれながら重なった木々の間にできた緑葉の陰の間を歩き続けて行くと、今度は割と早く山道が開けた場所まで来た。止まったエンジンのハンドルを握り更に進むと朽ちた古い立て看板が立てられた広場のような場所に出る。遠くにぽつぽつと建物の屋根が見えた。
雨風に長い間さらされてすっかり判別不可能になった案内板の上に更に読めなくなった何かの広告のような張り紙が貼ってある。
どうやらここが村の入り口のようだった。

一応通って来た道筋は合ってはいたようだ。
 麓の町で聞いていた話より多少時間が掛かったように感じるが。



意識の中で記憶が視界と静かに重なる。
村の外の近くまで来たことは当時殆どなかったが、古い覚えのある空気のような物は感じられる気がする。
その場で一度息を吐いた。
風が吹いている。


そうして不動遊星はずっと記憶の奥底にあった村に足を踏み入れたのだった。





更に話によると村には旅館がひとつだけあるのだが、肝心の旅館がなかなか見付からず遊星は一抹の不安を覚えた。麓の町を訪れた際に人伝に旅館を仲介してもらってはいたが、もし突然旅館自体がなくなっているような事があっては困る。
見知らぬ土地で野宿とは洒落にならない。

そうなったら役場にでも何でも無理にでも泊めて貰おうと考えていると、村の外れに目的の場所は見つかった。

旅館と言うより民家と言った方がしっくりくる小さな二階建ての建物に引き戸を開けて足を踏み入れる。
下駄箱と傘立てが置かれた玄関の先には受け付けのカウンターがあり、その上には黒い電話が一台。部屋の隅には色褪せたクーラーボックスが置かれている。しんとした薄暗い建物の中には誰もおず、人の気配がしない。


村外れにある立地といい、営業する気負いがあまり感じられないような気がしたが、人が来ること自体が少ない村ではこういった旅館もあまり問題ないのかもしれない。
さすがに無人という訳ではないだろうと一度外に出て店主を探しに行こうと踵を返すと向こうからやって来た中年の女性と鉢合わせた。格好からして裏で畑仕事をしていたらしい中年の女性は一瞬酷く驚いたようだったが、
遊星が自分は町から仲介で連絡を入れた者で暫くここに宿泊したいと言う旨を告げると物珍しそうにしげしげと眺めた後、簡単な謝辞とこちらですと二階にある部屋に案内された。
その間店主に着いて通った階段と廊下には誰とも会わなかった。店主ひとりでこの旅館を切り盛りしているらしい。
宿泊客も遊星ひとりのようだ。


木造の階段を上がった先の遊星に宛がわれたのは八畳ほどの和室だった。入ると部屋の中心に茶色い大きなテーブルが置かれ、隅には簡易冷蔵庫と小型のテレビが置かれている。
目を引く大きな窓は障子が開け放たれて、入道雲が浮かぶ青を背景に延々と登ってきた山とその隙間を枝分かれして流れるいくつかの細い川が見えた。

都会と違い空を阻む物がないので、きっと夜はここから綺麗に星が見えるのだろう。




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