『それでは明日、お待ちしておりますわ。ごきげんよう、かなでさん』

「うん、おやすみ。枝織ちゃん」


電話越しに微笑んで、通話終了のボタンを押した。

(明日楽しみだなぁ)

山下公園で出逢って以来かなでと枝織はよく話すようになった。
まさかあの冥加の妹だとは思いもしなかったけれど。
よく家に遊びに行くようにもなり、その度に冥加とも顔を合わせる。
いつもかなでが行くと眉間に深くシワを寄せていたが、想いを伝えてからは少しだけ浅くなった気がする。

枝織と遊ぶのはとても楽しい。
女の子らしくて見ていてほんわかする。
それにあやかって、冥加と会えるのもひとつの楽しみだった。
付き合ってから連絡先の交換をしたのに、向こうからは本当に用件がある時以外メールも電話もしてこないのだから。

明日は何を着て行こうかと浮かれた気分で服を選び、早めにベッドに入った。













─翌朝。


身支度を調えてかなでは家を出た。


丁度お昼くらいだろうか。
高層マンションに着いてすぐ、エレベーターに乗り目的の階へ上がる。
かなでには想像もつかない額で建てられているのだろう。
外装も内装も、とても綺麗だ。
ここへ来るのは初めてではないが、自分の生活とはかけ離れていて少し緊張する。



大きく深呼吸して玄関のチャイムを鳴らした。


─ガチャ、


てっきりインターホンで会話してからだと思ってカメラを見上げたら先にドアが開いた。


「あ、こんにち─」


出て来たのは、冥加だった。


「あれ?冥加さん?」

「何故お前がここにいる」

驚いたような、不機嫌そうな顔でかなでを見下ろす。

「なぜって、今日は枝織ちゃんと約束してて…。あの、枝織ちゃんは?」

冥加はさらに眉を潜める。

「枝織は朝から出かけている」

「ええっ!?」

朝方からどこか楽し気に出かけて行った妹の姿を思い起こした。
時折、行動が読めない。


「そんな…」


かなではがっくりと肩を落とす。


「フン…。余計なことをしてくれる」


「…枝織ちゃん……。私のこと嫌いになったんでしょうか…」


「………」


「昨日ちゃんと連絡したのに…」


「…」


枝織のことばかりを気にするのが、なんだか面白くない。





「はぁ…お邪魔しました」


「待て」


「え?」


踵を返そうとしたかなでの腕を咄嗟に掴み、その場に引き止める。
予想もしなかった行動に目を丸めたのは冥加の方だった。
すぐにその手を離す。


「冥加さん?」





「……昼食は」




「ま、まだですけど」

「…先日お前が勝手に持ち込んだ野菜がある。どうにかしろ」

「えーと…」



とてもわかりづらいけれど、つまりは昼食を作れと言っているわけで…。
かなでは目をパチパチさせながら冥加を見上げた。


「お邪魔していいんですか?」


「片付けろと言ったはずだ」


「は、はいっ」


オートロックのドアに追い出されないよう急いで靴を脱ぐ。
背の高い冥加の後ろをついて行けば前と変わらぬ広い部屋があった。

枝織がいないというだけで、この家は静かすぎる。
冥加はゆったりとしたソファに腰をかけて何かの書類を読み出した。
ちらりとその姿を盗み見て、こっそりため息を吐く。
二人きりになってもこの調子だ。
高校生らしい恋愛は期待できそうにない。
大人びた彼に背を向けてキッチンへと移動する。


「キッチン、使いますね」


返事はなかった。
これも、慣れている。

冷蔵庫を開ける。
冥加の言う通り、前回買ってきた食材がそのまま残っていた。
賞味期限を確認して使えるものだけを選別する。
しかしそれも納得だった。
自炊をしている冥加兄妹など想像がつかない。
枝織ならばまだわからないが、筋金入りのお嬢様だ。
料理を教えて欲しいと言われ、買ってきた後に残った食材たち。
初心者の枝織がかなでのいない場所で包丁を握るとは考えにくい。

「なんにしようかな…」

手早く作れるものを探す。

普段から高級ディナーを嗜む冥加。
舌は肥えているだろう。
前回は枝織がいたためリクエストを聞くことができたが今回はそうもいかない。なにせあの冥加が相手だ。

「これだけしかないんだよね」

冷蔵庫と睨めっこをしながら、唇をへの字に引く。
本当ならしっかり作りたいところだが、結局色々と考慮して定番のメニューで諦めることにした。








冥加の前のテーブルにコトン、とオムライスを置く。
L字型のソファにかなでも座り困ったように笑顔を向ける。

「お口に合うかわかりませんけど…」

一言添えてスプーンを渡し、簡単なスープを並べた。
冥加は特に何も言わずそれを食べ始める。

味は大丈夫だろうか?
嫌いなものは入ってないだろうか?
量は足りるだろうか?

気になって気になってじっと冥加を見つめてしまう。

「…何だ」

「そ、その、どうかな…って」

かなでが不安気に問い掛けると冥加はフイと顔を逸らした。


「くだらん」






「…そうですか」



美味しくなかったのかなぁ、と瞼を伏せる。
シン…と静まり返った空間に食器の音だけが響く。



「あの…冥加さん、普段はお昼ご飯何を食べてるんですか?」


「……」


「やっぱり外食かシェフに作ってもらったりするのかな…」


「…」


「…あ…私、黙った方がいいですか?」


「………」











「すみません…なんでもないです」





なんだかとても胸が苦しくなって、喉の奥が切なく震える。
目の前にいるのは好きな人のはずなのに。
もっとずっと遠い場所にいるみたいで、話すことが出来ない。

かなでは半分も食べていない皿の上にカチャリとスプーンを置いた。




















「…………何を、泣いている」




冥加は眉を寄せた。
さっきまで話していた彼女が黙ったと思ったら、今度はポロポロと涙を零していたのだ。
声も漏らさず、ただ辛そうに唇を噛んで…。


「小日向、」


どうすればその涙が止まるのかと、頬に手を伸ばそうとすれば驚いたかなでにパシッと払われた。


「っ…美味しくなかったら、それでいいです、でも……話してください…邪魔だったら、言ってください…っ、そしたら…もう…来ないから…」



俯いて、ぐしゃぐしゃになった顔を隠す。
みっともないとわかっていたけれど、かなでにはどうすることも出来なかった。
堪えても堪えても溢れてくる。







「……誰が、不味いと言った」


冥加は苛立ちながら前髪を掻き上げた。

皿の上は全て綺麗に片付いている。

「何故そうなる。俺はお前に邪魔だと言ったか?そう聞こえたなら病院にでもかかって来い」

「っじゃ、じゃあなんで…っ黙ってたんですか!」

「答えたくなかったからだ」

昼食はどうしているのか、という質問をされた。
食べない日が多いなどと言えばかなでは必ず心配するだろう。
余計な世話をやかれても困る。

「なん…で」

「一々理由を聞くな。面倒臭い」



「……」






「やっと大人しくなったか」


冥加は息をつく。
どう接していいのか全くわからない。




「帰ります…さようなら」

「は?」

かなではバッグを肩に掛けて立ち上がった。
唯一わかったのは、怒っている、ということだけだった。


「っ!」

もう、勢いに任せて腕を引く。
バランスを崩したかなでを抱きとめてソファに雪崩込んだ。
かなでを下に敷いて冥加は目を細める。


「少しは、落ち着け…」



「…っ、…」


この体勢で落ち着いてなんかいられない。
かなでの意思を無視して、冥加は話し始めた。


「昼食は…あまり食べん。だがお前が作るなら、食べてやらんこともない…」


言いながら、だんだんと不機嫌になる。


「…枝織がいないと帰るのも癪にさわる」



「それから、勝手に自己完結するな。腹が立つ」



「少しは連絡を寄越せ。何のための携帯だ」



かなでは動けなくなった。
こんなに喋る冥加を見たことがない。

「冥加さん…」

「それも気に食わん」

「え?」


冥加はかなでの首筋に顔を埋めた。
そのくすぐったさにふるふると身を捩る。

「っ、冥加さ」

恥ずかしいというより、本当にくすぐったくて可笑しくなってくる。


「ふ、ふふ…っ、やめ…ふ、あはは、やっ、ひゃはは…っ」


(………)


冥加はますます面白くない。
眉を潜め、顔を上げる。



「貴様…」



恋人になってから、使う事を控えていた呼び方。
あえて呼ぶのは、組み敷いたままのかなでに不機嫌全開を示すためだ。


ポケットから携帯電話を取り出し、誰かと連絡を取り始めた。


「…枝織か。今日は別の場所に泊まれ。……あぁ、そうだ。わかっている。………………余計な事を言うな。うるさい。切るぞ」


短い会話を終了したら、冥加はかなでに向き直る。



「お前が世話焼きなのは知っている。ついでだ、朝食まで作っていけ」



かなでが意味を理解しようと一生懸命働かせた思考は、触れた唇の中に吸い込まれていとも簡単に溶けてしまった。



(─腹が立つほどに甘ったるくて…
……だが、悪くはない)




紡いだ言葉の先に

100430

……………………
自分勝手すぎる冥加と抱え込むタイプのかなで。
多分、朝を迎えてもかなでは冥加を名前で呼びません。悔しいから(笑)



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