「如月くん、」

ノックをして声をかける。
返事はない。

時刻は23時を過ぎて、長針が8の数字をさしている。


「もう寝てしまったんでしょうか…」


顎に手を添えて思案しながら次のドアに移った。


コンコン、


こちらも反応がない。
シン…と静まり帰った廊下がやけにかなでの不安を掻き立てる。
八木沢は眉を潜めた。

二人が寝てしまったとなると、他にあてがないのだ。
後輩二人も信頼はしているけれど、万一のことがあっては困る。
神南組はむしろ何かあるとしか考えられない。
そうなったら、あまりにも彼女が可哀相だ。



「困りました…」





「八木沢さんのお部屋がいいです…」



かなでは頑なに主張する。


「いえ、ですから…」

「やっぱり…迷惑ですか?」

「迷惑…ではなくてですね、常識的な問題で…」


どうしてこうもこだわるのだろう。
あの場に居合わせなければきっとこんな風にはならなかったはずだ。
テレビに感化されて眠れない、怖い、と言われても本当にどうしようもない。

それが小さい子供ならあやすことだってできるけれど。



「……部屋には、戻れなくて…。あの、やっぱり駄目でしょうか…」


「……」


「じゃ、じゃあ…廊下にいてもいいですか…?」


扉一枚隔ててもいいから、誰かが一緒にいないと怖すぎて眠れない。
廊下では安心して眠れないかもしれないが、それでも女子棟でひとりきりでいるよりは幾分かマシだ。


「……小日向さん」


小さく肩を震わせている。

八木沢は頭を抱えた。








「…わかり、ました」



「え?」



「女の子を外で寝かせるわけにはいきませんので…今晩だけ…ですよ」



ほわんと気が抜けていそうなのに中身は頑固らしい。
放っておけるわけがない。


「八木沢さん…!」

「他の部屋から布団を持ってきます。先に入っていてください」

「あ、ありがとうございます!」

かなではようやく笑顔になった。
八木沢は自室のドアを開け、電気をつけてかなでを迎え入れる。
短期間の滞在ということで必要最低限のものしか置いていない、質素な部屋だ。
それでも所々に八木沢らしい小物があってかなではふっと微笑む。


空き部屋の布団を取りに行った八木沢の背中を見ながら手伝った方がいいかと、ドアからちょこんと顔を覗かせた。
そしたら、すでに布団を抱え戻ってきた八木沢と目が合う。


「っ…!」

「?」


急に顔を逸らした八木沢に首を傾げながらもドアを大きく開いて入りやすいように手伝う。
ベッドの隣に布団を敷いて、枕を用意すれば部屋はすっかり狭くなってしまった。

「これでいいでしょう」

「本当にすみません…」

「いえ。ただし、朝は早めに起きてくださいね。他の誰かに僕の部屋から出ていくのを見られたら誤解を受けます」

「誤解?」






「…なんでもありません」



どうやら本当に警戒心皆無らしい。
八木沢は仕方なくベッドを指差した。


「小日向さんはこちらを使ってください」


「八木沢さんのベッド…ですか?」


「床で体を痛められたら困ります。僕はこっちで構いませんので」

「そんな、悪いです」

「遠慮ではなくて、お願いしてるんです。下の方が動きやすいんですよ」

にこりと笑みを浮かべながらも有無を言わせない声音でかなでに言い聞かせる。
今朝シーツも枕も洗濯したから多分問題はないはずだ。
かなでは申し訳なさそうにぺこりとお辞儀をした。

「…ありがとうございます…」

言うなり、もぞもぞと八木沢のベッドに入る。
少し時間は経っているけれど、洗いたての良い香りがした。

八木沢は複雑な気分でかなでを見下ろす。
シャワーは夕方に済ませておいたから、もう何も考えず自分も布団に入ろうと電気を消しに行ったら、

「…なんだか、八木沢さんの匂いがします……」

「っ、布団、やっぱり替えますか?」

不快だっただろうか。
焦って問いかける

八木沢に反してかなでは目を細めて笑った。


「せっけんみたいな、いい香り…すっごく、落ち着きます」

「そ、そうですか…」


一度は安堵するものの、また別の感情が浮かび上がる。
意識してはならないと脳が警告する。
止めていた手を動かし、電気をパチッと消して足早に布団に潜り込んだ。

(早く寝てしまおう)

そうすれば、何も考えずに済む。

「八木沢さん…」

「なんでしょう?」

「…あの、そっちに行ってもいいですか?」

「はっ?!…だ、だめに決まっているでしょう!小日向さんも、早く寝てくださいっ。おやすみなさい…!」

キッパリと言い放って布団を被った。
冗談じゃない。

かなではしゅんとしておとなしく瞳を閉じた。



やがてすーすーと規則正しい寝息が聞こえ始める。


八木沢は深呼吸を何度も繰り返してようやく夢路につくことが出来た。















─ドンッ、



深夜2時。
何かが、ぶつかった。

「ぅ、ん…?」

薄目を開いて確かめる。
丑三つ時のアレかと思ったけれど、もっとやっかいなものが上から降ってきたらしい。

それは八木沢の顔の前で小さなおでこを出して、うずくまっている。


充分な広さのあるベッドから落ちるなんて誰が予想するだろう。



─くしゅんっ


ぶるっと身体を震わせるその仕草に目の奥がチカチカする。



(僕は……そんな感情は…)



持ち合わせていないはずだ。

だけど、

混乱する意識の中、風邪を引いたらいけないと真っ当な理由をつけて彼女を手繰り寄せる。
無意識のうちに温もりを求めてかなでが八木沢の方へ身じろぎした。

「…ん…」

胸のあたりでざわざわと何かが音を立てる。
すぐに背中を向けて距離を取った。



(…僕は………っ)







あぁ、もう

一体何なんだ。


心臓がうるさくて仕方ない。





どうしたらいいんだろう。


固く瞼を閉じているのに

目が冴えて、眠れない。







僕は健全な男子生徒なので

100428

……………………
八木沢くんに初挑戦。
難しいです…完敗…orz


お題:色恋沙汰



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