寮に帰ると、真っ暗だった。



『夏の心霊特集』

目の前のテレビの右端にはそう書いてある。
ソファには響也と新が座っていて、その端っこでかなでが小さくなっている。

みんな無言のままテレビに見入ってるのか、誰一人として八木沢の帰宅に気付いていない。


(こんなに暗くして…)


このままでは目が悪くなってしまうと、部屋の明かりをつけるべくスイッチを探しに足を踏み出した瞬間─


─ガタンッ!!!


「なっ、なんだ!」
「なに?なになにっ?!」


一斉に声が上がる。
同時にテレビの電源が消え部屋は本当の闇に包まれた。
突然の出来事に驚いて予備の懐中電灯で辺りを見回す。



「…だ、誰もいない…っ」


新は息を呑む。







「う…うぅ…」



床下から低く唸るような声が聞こえた。


「…………い、いまの…」







足首を、誰かの手が掴む。


「「ぎゃあーー!!!」」


その事態に震え上がり、響也と新は脱兎のごとく逃げ出した。






「あいたた…」


真っ暗すぎて、何がどうなったのかわからない八木沢は痛みに耐えながらようやく体を起こした。
ソファの脚に引っかかり、バランスを崩して床に正面衝突したのだ。
その拍子にテレビのコンセントまで抜いてしまったらしい。


やっとの思いで部屋の電気をつけるといつの間にか皆はいなくなっていた。

「…あ、あれ?」


キョロキョロと見回してみる。
やはり、誰もいない。
さっきまでテレビを観ていた三人はいつの間にか移動してしまったのだと解釈してため息をついた瞬間、背中に新たな衝撃を受けた。

「うわっ」

しかしそれほど痛くはない。
むしろ心地が好いあたたかさを感じる。

「…?」


ぎゅうっ。
ふわふわと背中に柔らかいものが当たる。

前に回された細い腕を見て、それがかなでのものだと理解した。



「こっ、小日向さん!?」


八木沢は驚いて瞬きを繰り返す。腕を掴んで一刻も早く離れてもらおうとしたけれど、かなではなかなか離さなかった。

「ど、どうしたんですか…っ?」

「……」

あまりに声が小さすぎてよく聞き取れない。
八木沢は速まる鼓動を必死に抑えながら耳をそば立てる。



「、っ…から……く……ない」


「え?」

「部屋、ひとりで、…だからっ……怖くて……戻れない…です」


どうやら、テレビと先ほどの一件で怖くなってしまったようで、一人で部屋に戻れないらしい。
しかも男共二人はかなでを置いて逃げるチキンっぷりだった。


「えっと…支倉さんがいるでしょう?とりあえず、部屋まで送りますから落ち着いてください。あの、この状況では、その…非常に困るので…」


彼女に表情が見えなくて本当によかったと思った。
顔が熱くてかなでを振り返ることができない。


(早く、離れてください…)


落ち着かなければならないのは八木沢の方だ。
胸の下で絡まるかなでの華奢な腕からようやく解放され、ホッと息をつく。
よく新がかなでに抱き着いているけれど、よく心臓が持つなと思った。
自分ではいくつあっても足りない。



「ごめんなさい…」

心細そうにかなでが呟く。
八木沢は緩く首を振って優しい笑みを向けた。

「…いえ。それでは行きましょうか」


階段の電気を確認して、上っていく。

一段ずつ、かなでは八木沢の後ろをついて行った。
普段なら何も思わない場所も、今夜だけは何かが出てきそうで怖い。







女子棟に辿り着けばかなではすぐにニアの部屋に駆け寄った。

「八木沢さん、待っていてくださいね?」

くるりと振り返って八木沢を見る。
もう、頷くしかない。

コンコン、と何度もノックを重ねるかなでに反して部屋の主は出てこない。

「に、ニアちゃん?…ニア…?」

留守にしているのだろうか。
扉には鍵が掛かっていて返事もない。
かなでの不安は倍増した。




「や、八木沢さん…」

「はい?」


服の裾をクイ、と引っ張られドキリと胸が鳴る。
不安げに見上げられたら、何でも言うことを聞いてしまいそうだ。



「い、一緒に寝てください!」




「……は…い?」





八木沢は自分の耳を疑った。
目の前の少女は何を言っているのだろうか。

いくら怖くてひとりではいられないからと言っても、年頃の男女が同じ部屋で一晩を過ごせるはずがない。


「だ…だから…一緒に」

「ま、待ってください!小日向さん、自分で何を言っているのかわかっていますか?だ…ダメに決まっています!」


条件反射で赤くなる。


「でもっ、ひとりで寝るなんて無理です……」

「僕も無理です…!そういうことは如月くんに頼んだらどうでしょう?僕である必要はないはずだ」

「り、律くんに言ったら多分機嫌悪くなるし、響也はあてになりません!」

「しかし他にも…」

「新くんにもさっき置いていかれたし…、東金さんと土岐さんは論外です………」

「火積は?」


かなでは俯いて首を横に振った。
怖いわけではないが、落ち着いて眠れる気がしない。


「………」

「こんなことを頼めるの、八木沢さんしかいないんです……」


八木沢は言葉に困った。

沈黙が二人を包む。




「……はぁ…。とりあえず、如月くんの部屋に行きましょうか。小日向さんも如月くんとの方が落ち着くはずです」


女子棟で二人きりというのは非常にまずい。
男子棟にかなでが来るのもどうかと思うが、幼馴染みという点で如月兄弟に任せてしまえば差し支えないだろうと八木沢は考えた。

かなでは返事をしなかったが、八木沢が歩き出すと後ろをついて来た。




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