どうすればこの状況を脱却できるのだろう。
律は頭を悩ませていた。
「小日向、」
名前を呼んでもうんともすんとも返事をしない。
律の肩に凭れかかって、すやすやと眠っている。
先程までしっかり起きていたはずだ。
新しく入った楽譜に目を通していた律の隣にかなでが座り、興味津々に覗き込む。
その後も大人しくしていたが、ちっとも構ってくれない律にぱったりと静かになってしまった。
気がつけば寝息が聞こえて無防備に眠っている。
そこまではよかった。
問題はその後だ。
「風邪を引くぞ。起きろ」
体を揺すってみる。
途端に、ぽすん、と柔らかな体重がかかった。
(……)
動けばかなではバランスを崩して倒れてしまうだろう。
それに、安心しきって身体を預けられるこの何とも言えない感覚が嫌ではないのだ。
嫌じゃないからこそ、困惑する。
夏も暮れ、もう秋の気配がそこかしこに漂っている。
日当たりの良いソファでも日が落ちればすぐに気温は下がる。
このままでは本当に風邪を引いてしまうと、律は楽譜をテーブルに置いた。
一度寝たらなかなか起きないのは昔からの困った癖だ。
「小日向」
最後にもう一度呼んでみる。
「ん……」
小さく唸っただけで、やはり起きる気配はまったくなかった。
律はため息をついてかなでの肩に手を回す。
そのまま自分の方へ引き寄せて、ソファの隙間に手を差し込み膝を抱える。
接近した拍子にふわりと良い香りがして、しばらく律は黙り込む。
ただこの不安定な体勢を続けるわけにはいかず、勢いに乗せてかなでを横抱きにした。
短めのスカートがはらりとめくれる。
寸でのところで止まって、下着がみえなかったのが何よりの救いだ。
「………」
白い太腿が目の下でチラチラと眼鏡の光を反射させる。
そこに目を向けぬよう意識して顔を逸らした。
律は急いで女子棟へ向かう。
小柄なかなでを抱える分にはさして問題はないのだが、あまり長くは抱えていられない。
しかし、目の前にまた壁が立ちはだかった。
文字通り、壁だ。
かなでの部屋の前で律は眉を潜めた。
(ドアを……)
どうやって開けよう。
一度かなでを床に下ろすか…─いやそれはダメだ。
天真爛漫な性格でも女の子なのだ。
だからといって足で開けるわけにもいかない。
「………」
当の彼女は相変わらず腕の中で気持ち良さそうに眠っている。
そこへ、救世主が現れた。
「ふむ。無防備な小日向を抱えて何をする気だ?」
隣の部屋から出てきたのは、ニアだった。
長い髪を払いながら珍しい客人に双眸を細めている。
「あぁ、報道部の…。すまないが、部屋のドアを開けてくれないか」
ニアは律とかなでを交互に見渡して、クスリと口元に孤を描いた。
「…なるほど。如月兄でも狼になるんだな。─ほら、」
扉を開けて律が中に入れるようにする。
ニアが言ったことには何も返さず律は短く礼だけ言った。
「すまない」
「なんだ、否定もしないのか。つまらん」
興味がなくなったのか、かなでが無事ベッドに寝かせられるのを見届けてからさっさと部屋を出る。
「あぁ、別に止めるつもりはないが、声だけは抑えてくれ。隣まで聞こえてきたら迷惑だからな」
「………」
ヒラヒラと片手を上げてどこかへ去っていくニアに律は無言になった。
ベッドに沈むかなでに視線を落とす。
目の前の純粋な少女をこの状態でどうしろというのだ。
律は今日何度目かわからないため息をついて、かなでの部屋を後にした。
***
「うーん…」
「どうした、かなで」
「あ、響也。いや、昨日虫に刺されちゃったみたいで…」
「ま、仕方ないだろ。大方外で昼寝でもしてたんじゃないのか?」
「しないよ!でもさー、痒くないんだよね」
「どこ刺されたんだよ」
「膝の裏」
「痒くないならラッキーだろ」
「うーん、そうなんだけどさ。変な感じ。新種のダニかノミとかかなぁ…?」
「余計な心配しないで薬でも塗っとけって」
他愛もない会話に花を咲かせる幼馴染みの横を、律は無表情のまま通り過ぎて行った。
せめてもの意地
100419
……………………
律は反抗期(笑)
響也もかなでも免疫ないから気付かないんじゃないかと。
そして大地だけはこっそり気付いて律の肩をポン、と叩いたり…。