屋上に呼び出した手紙の差出人は、意外といい人だった。


「あっ、小日向さーん!」


正門前でかなでを見つけてブンブンと大きく手を振る。
かなでは声の主を確認すると少し笑ってヴァイオリンケースを持ち直し、ペコリとお辞儀をした。


「岡本先輩、こんにちは」

「練習終わったの?お疲れ様」

「ふふ、先輩もお疲れ様です」


いつも嬉しそうに話しかけてくる岡本に思わず笑顔になる。
一度告白されて、最初は戸惑いもしたけれどこうやって顔を合わせているうちに優しくて面白い人だと知った。
普通科で一学年上の彼はなにかとかなでを気にかけてくれる。


「あ、今日時間ある?よかったらお茶していかない?俺奢るからさ!」

「えっ、で、でも…」

「あーやっぱりダメ、か!そうだよね、俺なんかじゃ…はは」


岡本は前髪をくしゃりと崩して表情を隠す。
声は明るいままでも、誘いを断られて平気な人なんていない。
それはかなでも経験している。


「…あの、ちょっとだけなら」

「え!?…本当に?!!」

「大丈夫です」


コクリと頷いて返事をする。
面白いくらいに元気になった岡本を、少し可愛いと思ってしまった。


「よっしゃあー!!じゃ、行こうか、小日向さんっ!」


周囲の目も気にせずガッツポーズを取ったかと思うとすぐにかなでの腕を掴んで走り出した。







そんなに急がなくても…と思いながらも転ばないようについていく。
久しぶりに走ったものだから息が上がって少し汗をかいた。


「ゴメン、大丈夫?」


心配そうに顔を覗き込んでくる岡本を心配させないよう荷物を抱え直しながら笑ってみせる。


「あはは、びっくりしました」


「またやっちまった…いやホントごめん!ココなんだけど、来たことある?」


辿り着いた喫茶店には見覚えがあった。
雨の日に、大地と一緒来た場所だ。


「あ、はい。一度だけ…」

「うまいよね〜ココのケーキ!」


誰と?と聞かれなくてなんとなくホッとした。
ケーキは食べたことはなかったけれど否定するのも気が引けるのでコクンと頷き同意する。


カランカラン、


ドアをくぐり抜けるとベルが鳴る。
外の熱気を感じさせないような涼しい店内に顔が綻ぶのを感じた。

「ぷはぁ〜生き返る〜」



可愛らしいウェイトレスの女の子に案内されてテーブルにつき、メニュー表に目を通しながら岡本の話をずっと聞く。


「でさ、……なんだよ、これがまた……驚くよな〜」



だけど、まったく頭に入ってこない。

それは岡本の後ろが─、窓側のテーブルが、気になって仕方ないからだった。


「─って、聞いてる?」


岡本の声にハッとした。

「…す、すみません……」

かなでが謝ると手を振って笑顔を作る。


「あっ、違うんだって!俺ばっかり喋ってたからさ〜。あっ、そうだ。…あー…あのさっ、君のこと…俺もひなちゃんって呼んでいいかな?…なんて」


ちらりと岡本の目がこちらを伺う。



だけど、困る。



そんな風に呼んでいるのは、一人だけだ。

その特別を、崩して欲しくない。
























「絶対ダメ」





その言葉に驚いたのは、岡本よりもかなでの方だった。


「大地先輩…!?」

「っだよ榊!また邪魔か!?都合よく現れすぎだっつうの!!」


大地の登場に岡本の機嫌は一気に損なわれる。
人の恋路の邪魔ばかりする彼に邪魔されないよう喫茶店に誘い、やっと二人きりなったというのに結局これだ。
ブーブー文句を言いながら唇を尖らせた。


「彼女をひなちゃんって呼んでいいのは俺だけだ。お前はダメ」

「それは小日向さんが決めることだろ!」

「それでもダメ」


当のかなでの意見をよそに呼称について論議する二人をあたふたと見守る。
ふと先程の窓側のテーブルに視線を移すともう誰もいなくなっていた。

…ひっそりと、肩を落とす。









「……わかった。じゃあ下の名前で呼ぶ。いいかな?かなでちゃん」

「へっ?」


いつの間に、話がエスカレートしていた。


「かなでちゃん…、かなでちゃん……うん、いい響きだ」


「あ、あの…」



























「…岡本」





地を這うような大地の声に、岡本の背筋が凍りついた。





「……スイマセン、冗談です」

「だよな、うん。さすが。お前いい奴だもんな」

「……」

「というわけだからひなちゃん。こいつのことは気にしなくていいからね」

「…………」




「じゃ、後は俺と二人で話そうかひなちゃん。あ、岡本、お疲れ様」


岡本は、本気で大地を呪いたくなった。
もう友達だなんて呼んでやるもんか!


最後の仕返しに、満面の笑顔でかなでに挨拶をする。



「じゃあまた今度ゆっくりお茶しようね。か・な・でちゃん!」




「アイツ─!」


逃げ足だけは早かった。





二人きりになって、大地はアイスコーヒーを追加注文する。


「…で、ひなちゃんはなんで岡本とデートしてたのかな?」


優しく問い掛けられているのに、どこか落ち着かない。


「デートだなんてそんな…、帰りに会って、岡本先輩がお茶しようって…」

「言われて、簡単について来ちゃったんだ」


ため息が聞こえた。
かなでは不安になってくる。
なぜこんなことを聞かれるのだろう。


「ひなちゃん。岡本に気があるの?」


ふるふると首を横に振った。
とてもいい人だけど、そんな風に思ったことはない。


「じゃああいつの為にも余り二人きりにならない方がいい。勘違いさせることになるからね」



─二人きりになると、勘違いさせる?

だったら、今はどうなのだろう。



「…それなら、大地先輩とも…二人きりにならない方がいいですよね…」


「え?」



かなでの言葉が大地に直に突き刺さる。


「……えっと、それは…」











「だって、さっき見ました。…大地先輩、すごく美人な人と…一緒で……」



大地は目を丸めた。



「彼女、いたんですね。…あの、それなら私とあんまり一緒にいない方が……」


「………」


バッチリ見られていたらしい。
よりにもよって彼女に。



「うん……そうだね。困った」





大地の言葉に、かなでは唇を噛んだ。
やっぱりそうだったんだと、頭ではわかっていても心がついていかない。



「…嬉しい誤算だ」


だらしなく緩みそうになる口元をアイスコーヒーで隠してかなでと目を合わせる。

それでも堪えきれず、クスクスと笑い出してしまった。





「あれはね、叔母なんだよ」



「………え?」


「だから、恋人…には間違っても思えないな」


かなでの驚く顔を見て満足気にウインクしてみせる。


「だ、だって…あんな綺麗な…」

「それ聞いたら喜びそうだな。若く見えるけど、30過ぎてるし、子供もいるから」


「……嘘……」


なんだか、急に恥ずかしくなってきた。


「ねぇひなちゃん。どうしてそう思ったのかな。俺が異性と一緒にいたら、気になる?」

「べ、別にそんなんじゃ…」

「そう?残念。俺はすごく気になるのにな。ひなちゃんがいつも誰と一緒に過ごしてるのか」


からかうような声色にかなではむっつりと頬を膨らませた。


「知りません!」

「怒った顔も可愛いね」

「……〜っ!!」

「ひなちゃん、明日出かけようか」

「なんでそうなるんですか」



甘い顔で、優しい声で、…なのにちっとも優しくない大地。
かなでが断れないとわかってて誘うのだから、岡本なんかよりよっぽど性質が悪い。







「ひなちゃんの隣を、他の奴にとられたくないからさ」



気障っぽい台詞が似合うこの人をどうして好きになってしまったのか、かなで自身も理由を知りたかった。



(─恋は理屈じゃないんだよ)




気になる隣

100417

……………………
不憫な岡本くん…。
彼、結構好きです(笑)
でも大地の方も「かなでちゃん」呼びにダメージくらってそうだからまぁいいか(笑)



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