「今日はなんにしようかな…」

かなでは献立を考えながらキッチンに立った。
時刻は午前6時。
この時間なら朝食のついでにお弁当も作れそうだ。
冷蔵庫には充分な食材が揃っている。


(昨日は肉じゃがを作ったから…)


メニューも決まり棚からボウルを取って卵を割った。
他の調味料とだしを加えて味を調えてからコンロに火をつける。


「なんや、ええ香りやなぁ」


キッチンとダイニングルームを繋ぐ扉から珍しい声が聞こえた。

「土岐さん!おはようございます」

同じ寮にいても朝から会う機会は今までほとんどなかったため、かなでは嬉しそうに声を弾ませる。

「朝ご飯まだですか?もしよかったら、作りますよ」

「いや…」

眼鏡のブリッジを押し上げながらかなでの近くに足を進めた。
変わったデザインのフレームは土岐によく似合っている。

「これ、小日向ちゃんの分?」

「あっ、はい。だし巻き卵なんですけど作り過ぎちゃって…」


菜箸を持ったまま土岐を振り返る仕草がとても可愛らしくて思わず口元が緩む。
自分で買ったのか、控え目なフリルのついたピンク色のエプロンがまたかなでを引き立てた。

「美味しそうやね」

「あ、取り分けますね」

「いや、そのまんまでええよ」

切り分けたばかりの卵焼きを皿に乗せようとした瞬間、土岐は口を開けた。
箸に向かって顔を寄せる。
事態を飲み込めず目をぱちくりさせるかなでに苦笑を浮かべる。

「待っとんのに、食べさせてくれへんの?」

切な気な言葉に胸を鷲掴みにされ、おずおずと土岐の口に入れた。まるで恋人同士がするようなそれにかなでは顔が熱くなる。

すぐにくるりと背を向けて残りのだし巻き卵を皿に乗せ、洗い物に取り掛かる。

「なんや料理上手でエプロンの似おうとる可愛らしい奥さん、って感じやね」

どこか楽しそうに土岐がかなでに話しかけた。
朝のキッチンで二人きり。
普段ならばキッチンに立ち寄ることもないけれど、かなでの手料理が食べられるならこれから毎朝通ってもいいくらいだ。
無論、他の人物では意味がない。

かなではなんだか恥ずかしくなって急いで別の話題を探した。


「あっ、そうだ!お昼はカキのポン酢ジュレにしようと思うんですけど、土岐さんどうですか?」

泡のついたスポンジでフライパンを洗いながら問いかけてみる。
土岐は肩から落ちそうなエプロンの紐を戻してやりながら優しく言葉を返した。
近づいた距離に焦った様子をみせるかなでに気付かない振りをする。


「…偶然?調べたん?」

「何がですか?」


キョトンと目を丸めている。


「この間から俺の好きなモンばっかりや」

「えっ!?そうだったんですか?土岐さんって大地先輩と好みが似てるんですね!」


他意のない無邪気な一言。
それが土岐の心に雷を落とす。

「……」

「?」

「小日向ちゃん、榊くんのこと下の名前で呼んどるん?」

「は、はい…」

「俺のことは?」

「土岐さん…」

「…納得いかへんな。下で呼んで」


背後から囁かれ、かなでは身体を強張らせる。
水圧を強くして急いで皿を洗い流した。

「きゅ、急に言われてもムリです!!」

真っ赤になってしまった顔を隠すように手を頬にあてて部屋の端に逃げる。

しかし、逃げられたら追いかけたくなるのが人の性。

「なんで呼ばれへんの?一言呼べばええんよ?」

「……む、無理です」


じりじりと壁に追い詰めていく。


「ほんなら、今すぐ名前で呼ばんとキスの刑。…って言ったらどないする?」


壁に手をついてかなでを檻の中に閉じ込める。
あと少しで唇が触れそうなギリギリの位置まで近づいたら、─ストン、と視界から消えてしまった。
見れば床にへたり込んでいる。
少々いじめすぎただろうか。


「…強情な子やねぇ。ちょっと傷ついたわ」


半分は冗談、もう半分は本気のため息をつく。


「…そんな、簡単に呼べません…」

真っ赤な顔をさらに赤くする。
土岐に見られたくなくて抱えた膝に顔を埋めた。
どうしたって呼べないものは呼べないのだから仕方がない。


「呼びたくないわけじゃなくて…呼んだら、きっと心臓破裂しちゃうから、…無理です…」


どういう意味かと、思った。


「なんで破裂するん?」


「!」


困惑の最上級とでもいいそうな顔で見上げられた瞬間、危うくこっちが心臓破裂しそうになった。
これ以上は可哀相すぎて聞けない。
聞けないから、少しだけ釘を刺しておく。



「あかん、いじめすぎてもうた。堪忍な?」


力の抜けた彼女を立ち上がらせて、頬に手を添える。


「破裂せんように、ちょっとずつ慣れてって。まぁ、正直破裂してもええよ。─な、かなでちゃん?」


突然の事態に思考回路は停止する。
顔が近付いてくるのに、目を閉じることなんて出来やしない。

唇が触れた瞬間、かなでの心臓はピンク色に爆発した。













その後、一部始終を拝見していた芹沢から東金にバッチリ抜けがけの報告があったのは、言うまでもない。

(……当然の報いです)




とても簡単で
難しいこと


100414

……………………
土岐はキッチンに入っていくかなでを見かけて後を追った計画犯です。
かなでの気持ちは土岐にモロバレ。



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