「こういう流れなんで、今のでわからない人は後で聞いて下さい。配布した紙にある通り――」

 図書委員長がテキパキと委員会を進めている。彼は1年の時から図書委員をやっていたから当たり前に理解できるだろうけど、1年生には伝わっているのかなあ。

「この日当番一緒だねー。よかったあ」
「コレって代わってもらったりしてもいいのかな?」

 今は昼休み、20人弱が図書室に集まって、いつものより華やかな雰囲気に溢れている。おとなしい子ばかりかと思いきや、事前に約束して友達と一緒に入ってきた女の子もいた。
 図書委員はあまり人気がない。地味で楽そうに見えて、意外とシフトに昼休みを取られてしまうからだ。私は立候補して、今年も図書委員の座を手に入れた。

「すまない、遅れた。職員会議が長引いて」

 少し、びっくりした。

「わざわざありがとうございます。顧問の先生を紹介した方がいいと思ってたんですよ、毎年。皆、こちらは図書委員顧問の――」

 そういえば去年も委員会で紹介されていなかった。出席しないことも多かった。昨年のゆるい先輩とは違い、真面目な委員長が事前に先生に頼んでおいたのだろう。
 先生は軽く挨拶をして、委員会は解散になった。

「あんな人いたんだ」
「うちのクラスの副担だよー。あと国語も」
「そうなの? え〜、国語あの人がよかったなあ」
「たまにHRするよ」
「いいなあ!」

 2人の会話を聞いていられなくて、私は図書室を出た。そこから走って階段を駆け上がる。ただなんとなくそういう衝動に駆られて、案の定息が上がって、ぜいぜいと肩を上下させた。
 私は彼女たちとは違う。絶対に違うはずなのに、違う点が見つけられない。私もあの子と同じ、制服を着たただの図書委員の女生徒でしかない。どうしてそれを今更、再確認してしまったんだろう。

 フラフラとまた歩き出すと、騒がしい廊下の先に黒いスーツの影を見た。少し早足で近づくと、やっぱり先生だった。そして周りが見えなくなって、黒い背中を追う。きっと準備室に行くんだろうと考えながら、一定の距離を置いて歩く。私はなにをやってるんだろう。これじゃあまるで本当に彼女たちみたいだ。
 教室に戻ろうと立ち止まると、先生の脇から文庫本が落ちた。

「あ」
「……君か」
「こんにちは」

 わたしはしゃがんで文庫本を手に取った。題名は……長いから作者と装丁だけ覚えよう。瞬時に頭に焼き付けて、先生に渡した。

「ありがとう」
「いいえ。あの」
「なんだ」

 報われたいとか、思ってた訳ではない。ただ急に、目に止まるようになって、耳が澄んで、足が動く。そして同時に、この感情を得たとき、私はすごく生きた心地がするんだよ。だから、私は学校に来るのをやめることができなかった。どんなに学校が嫌いでも、先生を見つけて感じて、それだけでいいって思ってたから。
 なのに、どうして。先生と目が合うだけで胸が痛くなるんだろう。

「先生、私の名前知ってますか」
「知っている」

 先生は呆れたように首を僅かに傾げたあと、淡々と私のフルネームを呼んだ。伝わる振動に、私を包む空気が形を変えた。

「……正解です……」
「それだけか。では、僕は行く」
「あ、はい、またあとで!」

 熱くなる顔を背け、教室まで逃げる。ぐちゃぐちゃになった頭の中をどうにかしようと、鞄からメモ帳を取り出して、さっきの文庫本の作者を殴り書きした。たしか、表紙は灰色の背景に森が書かれていた。それで、それで――、先生の口から私の名前が飛び出した。あの瞬間、先生の頭の中に確かに私は存在していた。それだけでこんなにも心が震えて、こんなにも生きた心地がするなんて、私どうかしてる。

 チャイムの音はいつもより軽快で、教室の喧騒もさほど気にならない。机の下に隠れてる小説が読み終わったら、次はあの本を読もう。今日も私は図書室に行くんだ。

100918

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