私は考える。小学5年からそんなことばかり考えているのに、懲りずにまた考えている。

「なんで私はここにいるんだろ」
「それは北見がバカだからだろ」
「うっさい。石井ほどバカじゃない」
「ハイハイ。だったら早く問3解いて俺に教えてみろ」

 高校の机とイスは中学よりもボロいけど、夏場の自習室はクーラーがついているのが救いだ。なかったら、隣りにいる石井を殴りかねない。私はシャーペンを何回かノックして、プリントの上の数式に刺した。シャー芯はポキッと折れて、XやYはただそこに並んでいる。あーつまんないなあ。

「できましたか? たしか、次は石井君が当たる番だったよね?」

 数学の柳先生がぬるい空気と一緒に入ってきた。夏休み中でも青いシャツを着て、まるで塾講師みたいなんだけど、それよりすごく優しいのが柳先生である。もちろん生徒には人気、授業がゆるいという点で。

「せんせー順番ずれてるよ。さっき俺あたったから北見の番」
「ちょっと! ウソつくな!」
「うーん……じゃあこうしましょう。問3は2人に答えてもらって、次から石井君ということで、いい?」
「待って、無理です!」
「時間あげますから。先生も仕事が溜まっててね、帰ってくるまでにプリント仕上げてくださいね」

 反論できないような爽やかな顔で、先生は教室を出ていった。思いっきり先生のペースに巻き込まれちゃってる。

「結局次は俺当たんのかよ」
「石井のせいで私もとばっちり受けてんだけど」
「怒んなよ。だから2人でがんばろうぜっみたいなさ」
「石井とじゃ一生解けない。先生戻ってきてよ〜」

 先生は優しくて、受験生の補講のプリント作りに忙しいのに、バカなわたしたちのために時間を割いてくれてるんだ。試験の数時間前までゲームしてた石井とは違う。
 石井は、先輩のマネして着崩したYシャツをあおいで、ぬるくなったコーラをぐいっと飲んだ。なんかすごくダッセーと思った。
 やっぱり、グルグルしたものがお腹の中にあるんだ。なんでわたしはわたしで、石井は石井で、ここにいて数学を解いているのか。なんでだろ。考え出したら心と体が幽体離脱していくみたい。

「もーやだ。帰りたい」
「なに言ってんの」
「わたしバカでもいーや。先生と結婚するから」
「無理。お前は俺のだもん」
「は? なにそれ告白?」
「違うな。束縛」
「……ぶっ。石井ってやっぱりバカだ……っ」

 石井の束縛は見事にわたしのツボにはまって、しばらくの間笑いが止まらなくて、涙がボロボロ出てきて、仕舞には石井もゲラゲラ笑い出した。
 石井とわたしが結婚したらどうなんの。考えられない。考えられなさすぎて笑える。一瞬先さえわかんないのに、なんでそんなこと言ったんだろう。

「遅くなりました。2人共プリントはできましたかー?」

 戻ってきた先生を見て、「大人だ」と感じた。たぶんわたしは、まだ大人じゃないんだ。

「先生、やる気がなくなっちゃいました」
「……北見さん。そんなんじゃ立派な大人にはなれませんよ」
「大丈夫です先生。今さっき、石井に未来を保証されましたから!」
「え?」

 わたしたちが笑い出すのを、先生はキョトンとして眺めていた。それから先生は表情を緩めて、楽しそうにわたしたちを見つめていた。その表情に、先生もわたしみたいに考える日々があったのかなあ、なんて思った。そうだったらいいなあと思った。

 プリントに並んだ数式は、さっきの涙で滲んでいる。

100517

星屑にララバイさまに提出
おつかれさまでした!

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