淀んだ沈黙のまま、よく行く喫茶店に入る。少し迷って、私はヤザキの向かい側の、かなちゃんの隣のイスに座った。なにから話せばいいのかわからず、かなちゃんを横目で見る。切れ長の目は、ヤザキをじっと見つめていた。

「なんで男なんだよ、ひかり」
「な、なんでって……メールで言ったじゃん」
「歩って名前、普通女だって思うだろ!」

 ばん、とヤザキが机を叩いた。

「そっちだって、かなちゃんって、明らかに女でしょ」
「……お前、次呼んだら殴る」
「ちょっと! ここでケンカしないでよー」

 私はかなちゃんの袖のを引っ張って牽制した。ヤザキはなんとも言えないような表情で、私に目配せした。この状況をどうかしろというんだろう。
 おかしいな。人懐っこいヤザキの性格なら、かなちゃんとも普通に仲良くなれるんじゃないかって思ってたんだけど。それに今日のかなちゃんは、機嫌が悪いような気がする。

「矢崎、だっけ? ちょっと席はずせよ」
「はっ?」
「かなちゃん! ……悪いんだけどこれからクラスの打ち上げでね、あんまり時間ないんだ。だから今日は帰ってほしい」

 手のひらを合わせてお願いのポーズ。だけど、機嫌が悪いかなちゃんには通用しないみたいだった。案の定、舌打ちで返される。

「……んだよそれ。せっかくこっちから出向いてきたっつーのに!」
「かなちゃんが勝手に来たんでしょー!」
「俺が来ちゃワリーかよ?」
「そんなこと言ってないじゃん。ただ今日は予定があるから無理!」
「俺にこのまま帰れって言うのかよ!」
「そういうこと!」
「な、お前――」
「はい、ストーップ!」

 私とかなちゃんの間にスッと手のひらが下りて、ヤザキが止めに入った。我に返る。私、熱くなっちゃってた。

「出よう。他の客に迷惑」
「あ……そうだね」

 隣にいたお客さんとばっちり目が合って、すぐさま逸らした。男女2人で口論してたら、目立つのも当然だ。
 ヤザキは伝票を抜いて、スタスタと入り口へ向かう。その背中は怒っている、と思う。たぶん。ヤザキ抜きで話し込んじゃってたから当たり前だ。かなちゃんと私は少し反省した面持ちで外に出た。辺りは暗くなり始めていて、車のライトがチカチカと眩しい。
 振り返ったヤザキの顔は、別に怒っていなかった。

「工藤、行ってきなよ」
「えっ?」
「打ち上げ、今日行かなくてもまたやるだろうしさ。久しぶりに会ったんでしょ? 友達」
「……うん」
「佐久間にまた幹事やれって言っとくから」
「ごめん……なんか」
「謝んなくていいって。ここまで来て帰されんのはさすがに可哀想でしょ……でもさ」

 ヤザキがすっと近付いて、私の耳元で囁いた。

「来れたら来て。待ってる」

 なんだか声が出なくて、頷くだけになってしまった。ぼうっとした頭で、ヤザキまたあの顔してる、なんて思った。

「ひかり、」
「かなちゃん。今日は特別だからね」

 振り向いて、一歩進む。かなちゃんの隣のスペースはすごく懐かしい気がした。かなちゃんを見上げると、少し驚いた顔で、ああ、と頷いた。

「じゃあ」
「うん」
「またな」

 ヤザキといつも通りのやり取りをする。まただ、指先が冷たい。今日はなんだか物足りないなあ、と直感的に思った。

「行くぞ、ひかり」
「あ、うん」

 少し歩いてから振り返ったら、ヤザキの背中はもう遠のいていた。

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