だったら、なぜ、僕とうさぎはここにいるのか。逃げる、という響きに反感を覚えた僕は、また口を開いた。

「これは夢、ということは有り得るんじゃないか」
「夢?」
「そう。僕は会社に行って、居眠りをしている。眠りの中の世界がこれだ」
「そうすると、この世界や私の存在は、あなたによって創られた幻想ということですね」
「まあ……そうなるな」
「でもそれは、イコール現実逃避ということになりませんか?」
「それはない。だって、僕は今すぐにでも現実に戻りたい気分なんだ」

 僕がすぐに否定すると、うさぎは腕を組んで首を傾げた。どうやら、声帯以外にも人間的な機械が備わっているようだ。これが夢だとして、僕が創った世界ならば、なんといかれてる話だろう。それを既に肯定しまったので、もう何も言えないのだけど。

「夢だとしたら、覚めます。だけど私達が消滅しないのはなぜでしょうか」
「何かしらのアクションがないと覚まさないんじゃないか?」
「なるほど。では、どうしましょうか」

 僕は辺りを見回してみた。この世界は青空も土の色も正常で、野性的な森も終わりがあるらしかった。うさぎは、耳をぴょこぴょこさせて、僕の意見を急かした。

「森から出よう。もしかしたら、それが出口かもしれない」

 方角も考えずに僕は歩き出した。うさぎは前足を下ろして、走って僕の後ろについてきた。もちろん、うさぎは飼ったことがないので、変な感じだった。さっきまで議論を交わした相手は、いきなり動物に変わっている。
 僕の夢の中になぜうさぎがいるのか、それだけはよくわからなかった。そんなに印象的な動物とも言えない。

「……この夢がもし覚めたら、君は消滅するかもしれないけど、いいのか」
「私が何をしても夢は覚めるでしょうから、結局は消滅するでしょう。それに」

 うさぎの目が木漏れ日に当たって怪しく光った。泣いてるようにも見えた。

「よくわからないのですが、堪らなく寂しいのです。1人になりたくないし、残されるなら消えてしまいたい」
「……うさぎなのに?」
「うさぎという考えはやめて下さい。一応、感情があるみたいですので」

 僕が僕の夢なのかわからないように、うさぎも自分の存在を理解していないらしい。うさぎは僕に創られた存在であり、人間の心を植え付けられたのなら、悲しい不可抗力だ。

「うさぎは寂しいと死んでしまう、ということなんでしょうかね」

 そう言って目を細めた。笑っているらしかった。それは本当に笑っているというより、哀愁に近いものだったので驚いた。まっとうな意見を述べながらも、僕より人間的なのかもしれない。
 僕はこの世界に飛んでから、そういう不安や悲しみに襲われることはなかったのである。

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