伏せた顔をあげると、教師はまだ、白いカップを持ったままだった。表情は見えない。暗い部屋に夕焼けの色が差し込んで、埃がふわふわと浮いている。俺は今、どんな顔をしているんだろう。

「……なんか言ってください」

 沈黙に堪えかねて口を開いた途端、カップが鈍い音を立てた。俺は慌てて教師の目を見た。氷のように冷たい瞳は、いつもの冷ややかなものではない。息を止めるような視線。

「このまま彼女を放っておくのなら、あやふやなまま卒業するのなら、僕は君を許す気にならない」

 それは、「許さない」の間違いではないだろうか。

「君はクラスメートなんだろう? まだ1年もある。自責より行動するべきだ。側にいて、時間をかけて関係を修繕していけばいい」

 僕の説教は以上だ、と言って、教師はもう一度カップを口に含んだ。張り詰めた空気は消えている。呆然としている俺は、彼の言葉を頭の中でリピートさせる。それは、なんとも優しく前向きなアドバイスで、拍子抜けした。だったら、あの氷のような視線は、なんだ。なんだったんだ。

「……先生は、俺にどうして欲しいんですか」

 俺には、この人がよくわからない。ロボットのように授業をするくせに、こういうときは、普通の教師。俺のこと、彼女のことをどう思っている?

「君に指示などしない。ただ僕は――私的な発言になるが、彼女を泣かすなら許さない」

 ああ。

「真鍋。君はもっと肩の力を抜いていい。完璧を求める必要はない」

 カッと顔が赤くなるのを感じた。なにもかも、全て先に言われてしまったようだった。見えないように拳をぎゅっと握りしめる。どの感情を引っ張り出しても、今は、落ち着くことなんてできない。俺はたぶん、彼を。

 最初の気持ちは、子供じみた嫉妬心だったのかもしれない。ひとりで本を読む彼女の勇気に。密かに先生に恋をする彼女に。そして、この教師の持っているものに。

「わかりました。じゃあ、また、勉強したくなくなったら来ます」
「そうか」

 ぬるくなった紅茶をそのままに、蔵書部屋を急いで出た。あそこに居すぎると、おかしくなりそうなのだ。
 図書室は蛍光灯がチカチカと明るく、何回もまばたきをする。机には俺の借りた本がそのまま置かれていた。彼女も教師も薦めていた、青春もののスポーツ小説。 俺はずっと学校が好きだったんだ。特定の誰かより、不特定多数に好かれたい。嫌われるのが怖くてたまらなかったから。だけど、もういい。俺は彼女に好かれたいんだ。そして、どうしようもなくなったら、俺はここにくる。逃げ道がある。

 悔しさでもう一度拳を握りしめたあと、本を胸に抱き、俺は図書室を出た。

title by あなたの唇に届かない

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