『一生好きにならない』
(どこから間違ったんだろう)

 溜め息をつくだけで、響き渡る静かすぎる場所。俺は図書室から借りた本を返そうか迷っていた。まだ読んでいないけど、彼女の笑顔が頭をよぎってしまう。あれは昔の、普通のクラスメイトだった頃の彼女。今は、どうなんだろう。図書室では、笑うのかな。

「真鍋」

 ぼうっと眺めていた本の表紙に、影が落ちる。振り返れば、はっとするような黒いスーツが目に飛び込んでくる。スーツだけじゃない、この人は、容姿も雰囲気もどこか鋭い。普段の授業では、そんなことは感じられないのに、やっぱり、図書室はおかしい。

「……こんちは」
「本を返すのか?」
「いや、これは……まだ読んでないんで」
「ならば、ちょうどいい。こちらに来なさい」
「え」
「紅茶を淹れる」
「……は?」

 国語教師は、手前の本棚から分厚い本を取り出し、さっさと向こうへ歩いて行ってしまう。そこは、蔵書部屋だって彼女は言っていた。おそらく、彼女が毎日通っているところ。そこに俺が入っていいんだろうか。

「君と話がしたいと思っていた。入りなさい」

 部屋の前につっ立っていると、もう一度教師が現れ、扉を押さえた。一歩踏み入れれば、もうそこは部屋ではなく、物置。壁のほとんどを古びた棚が覆い、床には段ボールが詰まれ、あちこちに剥き出しの本が行き場もなく置かれていた。教師が扉を閉めれば、図書室と比べても明かりは暗く、窓は一つだけしかなく、やたら閉塞感がした。

「話したいことって……」
「紅茶はここでいいか」
「はあ、ありがとうございます」

 本棚のスペースに白いカップが置かれた。俺は自然と近くのダンボールに腰掛ける。ふわりとダージリンの香りが部屋を包んだ。
 彼女は、今日学校を休んでいる。理由は風邪だとか、担任が言っていた。いつか呼び出されるだろうと思って待っていたから、頭の中は整理できてる。紅茶を手に、埃っぽい椅子に座る教師を見据えた。

「本題に入ろう。君のクラスで起きた“イジメ”について話してほしい」
「知ってたんですか」
「担任から聞いた。相当困っていたようだ」
「そんな風には見えなかったけどなあ……。はじめたのは俺ですよ」

 教師の目は、なんの感情の色も示さなかった。この人はそういう人だ。その冷徹な目で他人と距離をとり、受動的に事実を受け取る。感情的にならないことが、教師の美意識なのかもしれない。それはそれで、肩の荷が下りた。俺は、ヒステリックな教師たちとぎゃあぎゃあ“イジメ”について話すつもりはないのだ。

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