最初の気持ちは、はたして何だったのだろう。
 霞む視界には、黒板と人の影。俺は、去年の春のことを思い出していた。覚悟を決めて入学したあの日。注がれる視線、生徒のざわつき、あの優越感。俺の有意義な学校生活のはじまりだった。
 彼女に第一印象なんてない。「1年間よろしくお願いします」とだけ言った言葉の裏には、まるで本人の意志は感じられなかった。担任が、教室の空気が、私にものを言わせてるんだとでも言うような。そんな気がしたけれど、俺はただ、それだけかよと思いながら拍手をした。
 実際、あまり話したことがない。教室では、クラスメート内の事務的な会話のみで、声を聞くことがない日がほとんどだ。数人の友達はいるらしく、たまに笑ったりもするが、俺から見れば、すごく仲がいいとは言えなかった。まあ、俺が言えたことじゃないんだけど。

 思えば、あの日は事件だったのかもしれない。彼女にとっても、俺にとっても。

『学校が好きだから?』

 あの目は、忘れられない。俺の核心をつくような、批判的に、自虐的に揺れる瞳。寒気がした。俺は、彼女の内側が救いを求めているのだと勘違いした。学校を好きになりたいのだろうと。視線が交わり、俺に手を振る彼女に、もっと笑ってほしかった。

 彼女は、確かに学校にいるのに、いない。俺が統率する教室の中でも、彼女は俺に目を向けることはなかった。主張もなく、空気のようにただ本を読む。彼女の人間らしい姿は、図書室にだけ存在する。
 彼女は、教室に馴染めない訳でも、なんでもないのだ。話す友達がいなくても、臆することなく過ごす。ただ時間を潰す。彼女は、教室に興味がない。俺の作った世界は、彼女にはどうでもいい世界だったのだ。

 彼女の世界には、ただひとり。彼女と同じような目をした、教師。

 それがわかってから、俺は今までにない虚無感に襲われて、ある計画を立てた。目的は、彼女を意識的な意味で教室に取り戻すことだった。それが、最悪のことだって知っていたはずなのに、俺は、彼女に強烈な印象を残すための傷をつけた。表情に表れない彼女の内側に深く、深く。
 気づいた時にはもう遅かった。泣きながら、俺を拒否して言う。

『大嫌い』
『許さない』
『信じられない』

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