「じゃあね、ヤザキ」

 私とヤザキの手は、前に繋いだときよりもぴったりくっついてて、汗が滲んだ。だからこそ、手が離れたら風の冷たさが刺さって、宙ぶらりんになったそれが、とても頼りなく思えた。

「……言い忘れたけど」
「ん?」
「浴衣、かわいかった」

 ヤザキはたまに、こんな風に静かに笑うよなあ。後夜祭のことをぼんやりと思い浮かべる。手を掴まれたとき、あのときもそうだった。私たちは、少しおかしかった。
 そして、今もだ。ヤザキがそんなことを言うから、私はなにも言葉が出てこない。代わりに全身がぞくりとする感覚に襲われて、どんどん顔が熱くなるのがわかった。
 ヤザキは突然、いつものヤザキに戻ったみたいに、はっと顔を赤くした。

「……それだけだから! じゃ」

 背を向けたヤザキの耳は、まだ赤い。遠ざかる背中を見ながら私は、嬉しいような恥ずかしいような、見てはいけないものを見たような、くすりと笑ってしまうおかしさを感じ取っていた。冷たくなった手を頬に当てると、温度差がなんとなく心地いい。
 明日も手繋いでくれるかな。



 次の日の放課後、クラスのほとんどが帰らずに、ざわざわと話し合っていた。なぜか帰っちゃいけない雰囲気なので、私とヤザキもそのまま残ってる。

「佐久間ー、結局打ち上げやるの?」
「やっぱりやるみたいよ。もう女子の間で盛り上がっちゃって収集つかねーし」
「……佐久間やつれてんな」
「だってさー! 部活の打ち上げとか、イベント組の打ち上げとか、実行委員の打ち上げとかさあ」
「あ、工藤は? 行く?」
「もちろん!」

 私はいつも以上に機嫌がいい。なぜって、ヤザキが佐久間くんと仲直りしたみたいだから。わざとらしく、ふふっと笑ってみる。

「なんだよ?」
「あ! 工藤さん、俺たちヨリ戻したから。心配しないで!」
「そのノリやめろっつってんだろ!」

 私は声を出して笑った。いつかのリフレインはもう、どこかに消えてしまったみたいだった。

 文化祭が終わったのに、またイベントがやってきて、私はバカみたいにそわそわしている。普通に想像がついてしまう。佐久間くんがいつものハイテンションで仕切ってくれて、横にヤザキがいて、その楽しい空気を精一杯吸い込んでる私。

「バス通りのとこのファミレスだってさ、聞いた?」
「あっ本当だ。メール回ってきてるよ」
「あれ……。うわ、ケータイ教室に忘れたっぽい。取ってくる〜」
「じゃあ正門で待ってるね」

 手を振ったら、一瞬だけ昨日のことを思い出して、指先が冷たくなったような気がした。

「そだ、打ち上げまでどっかで時間潰して、一緒に行こうぜ」
「さんせー!」

 ヤザキは目がきゅうっと細くなったいつもの笑顔で答えて、そのまま走っていってしまう。走らなくてもいいのに。とにかく、下校する生徒の邪魔にならないよう、正門の端に避けた。グラウンドからは、部活のかけ声が響いてくる。

「あの、工藤さんだよね?」
「え」

 びっくりして変な声が出てしまった。背の高い男の人が前に立っていて、見下ろされている。この人は誰だろう。クラスメートでもないし、たぶん隣のクラスでもない、ヤザキや佐久間くんの友達でもない人だ。

「浴衣コンテストで優勝した」
「あっ、そうです。工藤です」
「ああやっぱり。聞きたいんだけど……工藤さんって、矢崎の彼女なの?」
「え」
「……えっと。矢崎と付き合ってるの?」
「いや、友達です」

 自信満々に答えてみたら、男の人の口が小さくぽかんと開いていた。綺麗な奥重まぶたがカーブを描いて、そっかあーと呟いた。なんだか誇らしげに感じて、はいと頷く。

「じゃあさ。俺、立候補していいですか?」

 ……ええっと?

「ひかり!」

 聞き慣れた声にはっとすると、腕を引かれた。私を名前呼びするのは、家族を除いて2人しかいないから、すぐわかる。でも、この人がここにいるはずないのに。

「ああ、こいつ借りてくんで」

 男の人は再びぽかんと口を開けて、私はどうしようもなく、ぺこりとお辞儀を返す。強く掴まれた腕は、私を正門から連れ出して、坂道を下りはじめた。

「かなちゃん! 離してよ! ……なんでいるの?」

 私が言えば離してくれるようなところが、やっぱり、かなちゃんだ。左側だけ長い髪から、見覚えのあるピアスが見えた。

「なんでって。ひかりが呼んだんじゃん」
「え? その話なら、まだ日にちも決めてなかったでしょ」
「なんだよそれ。俺は、」
「……工藤っ?」

 遮るようにヤザキの声が響いた。振り向くと、慌てた顔で正門から走ってくる。手にはケータイがしっかり握られていた。

「ごめん! 正門にいるって言ったのに」
「いや、俺も遅いから。ケータイすげー探し回ってて、結局は佐久間が預かってたんだけどさ……」

 ヤザキの視線は、明らかに私の先の人物に向けられていた。

「その人、誰?」

 こんな風に会わせるつもりじゃなかったんだけどなあ。私は無意識に頭を掻いた。かなちゃんの顔をチラリと見ると、不機嫌なのがまるわかりだ。慌てて、ヤザキの胸元に手のひらを向けた。

「かなちゃん。この人が友達の矢崎歩」
「は……?」
「ヤザキ。この人が前に会う約束した、かなちゃん。本名は、相原要」
「え……」

 2人は黙り込んでしまう。私はどうしたものかと、ケータイを触りながら考える。今日は、打ち上げの日なのだ。

「……あの、とりあえず喫茶店行かない?」

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