「また来たの」

 日付を変えて、今は何時になったんだろう。熱帯夜続きだけど、今日の風はひんやりしていた。こんな所にいる彼は、変質者に間違われないのだろうか。

「仕方ないじゃん。眠れないんだから」
「僕は暇つぶしなの?」
「うん。あなただってそうでしょう」

 雲から月が光りを零し、駐車場が照らされた。コインパーキングなどではなく、個人所有の月極駐車場だ。10台は停められるだろう敷地にあるのは3台。彼は砂利の地面に座ったまま、私を見上げた。黒い髪が怪しく紫に光る。

「それはどうかな」

 彼はふふっと笑った。周りには誰もいない。みんな寝ている時間だ。なのに、なんでいつもここにいるんだ。

「今日こそ勝つよ」
「負けるのはあなたよ」

 そもそも、こんなゲームが始まったのは1週間前のことだった。


 私はいつも夜更かしをして、この駐車場にこっそり抜け出して来ていた。特に用はない。誰も見ていない暗闇でぼうっとする。私のちょっとしたストレス発散法だった。体が冷えてきたら、また家に帰って静かにベッドに戻る。そうすると、熟睡できるのだ。

 そして彼が来た。顔はどこか幼くて、細い体には地味な格好。容姿は中学生みたいだが、話を聞けば私よりも幾分大人っぽい。悟ったように笑う姿も不釣り合いだ。
 彼は物知りだったし、話も面白い。だけど、どこか怖いというか、私の友達が持っているようなものを持っていない気がした。
 名前は知らない。聞いても何も教えてくれない。だから私も名乗らなかった。だけど1つだけ、なぜここにいるのか聞いたら、また怪しく笑って教えてくれた。

――君が眠るのを待っているんだ。

 だから、私は大人気ないけど、眠ってやんない。眠ったらいけないと思ったのだ。朝まで彼と世間話をして、そのまま別れて学校へ行く。寝るのは授業中でいい。


 1週間となると話題も減ってきた。彼は胡座をかいたまま、まっすぐに空を観察していた。その表情は見えない。あんなに持ち上げて、首痛くなるんじゃないかな。
 私はその空気に飲まれたくなくて、今日配られたプリントを思い出した。

「夢とかさ、ないの」
「夢?」
「あ……あなたのことは聞いちゃいけないんだっけ」

 ごめんごめん。そう言っても彼は空を見上げたままだった。進路の話なんか出すんじゃなかったと後悔する。彼は自分のことを何も話さないんだった。聞いても、ふっと誤魔化すように笑うのだ。
 言いたくないなら、無理に聞かないけれど……何も知らない自分が惨めに思えた。

「僕は星になりたいんだ」

 彼は突然、沈黙を破る。それはすぐに、空気となって消えた。恥ずかしげもなく言うからだ。

「星……ってスターですか」
「そう。大きな」
「何系のスター? 俳優とか?」
「なんでもいいよ。世界のスターなら」

 へえ、と適当に相槌した。やっぱり何も教えるつもりはないらしい。少し期待していたのに。
 あくびが出た。体がだるいのを感じた。今日の授業は実習ばかりだったからだ。日中に、はしゃぎ過ぎたかもしれない。どうしよう。瞼が重い。
 負ける。
 狭くなる視界の中で、彼が笑うのが見えた。わかった。彼には表情がないのだ。笑った顔しか、ない。

「僕の勝ちだ」

 耳元でそう聞こえた。



 私が目を覚ましたのは、自分の家の前だった。膝には彼のシャツが掛けてあった。私は訳がわからずに、学校へ向かった。
 そして、彼が飛んだことを知る。
 重い空気を出した教師は、真剣な顔でそれを伝える。場所は駐車場の近くの川だそうだ。クラスは一瞬ざわめいたが、嘆いたりする者はいなかった。誰も顔を見たことがなかったのだ。私だけが、教室を飛び出していた。

 コウ。私はその名前に聞き覚えがあった。慌てて家に帰って、部屋を漁る。立派にカバーされた、紅色の卒業アルバムは綺麗なままだった。

「コウちゃん……」

 白いシャツ、生意気に笑った顔は、彼そのものだった。確か、同じ団地に住んでいて、中学生になる前に引っ越したんだ。友達、だった。

『僕の夢は大スターになることです』

 私は彼のシャツを持って、家を飛び出した。


 夜になっても、彼は来なかった。代わりに現れたのは、暗くなる空と星たち。一番星は堂々と光り出す。

「私の負けだ……」

 彼は意地悪だ。負けた私には罰が待っていた。悲しみに溺れている私を見て、あなたは高らかに笑うのだろう?

 悔しくなって、シャツを握りしめた。潤んだ目で睨んでみても、彼はキラキラと瞬くだけで。
 私はまた、眠れなくなった。

080711

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